映画『愛がなんだ』二十代~三十代の恋愛模様 好きってなんだ?自尊心低い系女子テルコの突き抜けた意志は、憎めないばかもののそれだった

予告

あらすじ

猫背でひょろひょろのマモちゃんに出会い、恋に落ちた。その時から、テルコの世界はマモちゃん一色に染まり始める。会社の電話はとらないのに、マモちゃんからの着信には秒速で対応、呼び出されると残業もせずにさっさと退社。友達の助言も聞き流し、どこにいようと電話一本で駆け付け(あくまでさりげなく)、平日デートに誘われれば余裕で会社をぶっちぎり、クビ寸前。大好きだし、超幸せ。マモちゃん優しいし。だけど。マモちゃんは、テルコのことが好きじゃない・・・。

抽象的ネタバレ考察(感想)

この映画を見たのはもう一ヶ月近く前のこと。

どんなに日が経とうと、胸の奥に、いや、喉の奥に引っかかった魚の小骨みたいに、まだ取れないのか、まだ取れないのかとモヤモヤしたままだ。

こんなに尾を引く恋愛映画を、いや、恋愛映画という枠組みに限らず、私は初めて見た。

 

もともとなにを鑑賞するにしてもそうなのだが、見た瞬間、その直後というのは頭の中は意外にもまっさらで、なかなかはっきりとした感想が浮かんでこない。

「よかった」「すごかった」みたいな、子供が話すような抽象的な感想しか浮かんでこないのだ。

 

だから、数日待った。一週間待った。そして気が付けば一ヶ月が過ぎた。

この映画の感想を、いっこうに言葉にできないでいる自分がいる。

これは一体どういうことだろう。

 

ただ、稚拙な感想を言わせてもらえるなら、「感情を揺さぶってくる映画」だった。

それも地震の初期微動のような。本震はずっとこない。それはひと月経った今も継続している。

 

映画『愛がなんだ』の原作は角田光代さんの2003年に文庫化されたとても古い小説だ。

2003年というと、私は12歳。

もちろん当時はスマホなんて存在してないし、SNSも発達していなかった時代だ。

今でこそ、この映画がある界隈で流行る理由もなんとなくわかるのだが、その小説が書かれた当時の時代背景を考慮すると、まだ人の気持ち、内面を知るには想像の域を出なかったはずだ。

 

もしこの小説が最近書かれたものだったとしたら、現代的な視点が介在してしまい、ここまで驚くほど突き抜けたオチは、筆者も思いつけなかったのではないだろうか。

生身の人間観察から導き出せる観察眼と才能と、推し量ることでしか相手の感情を理解できなかった時代だったからこそ、この作品はいま、稀有な例として輝きを放っているのではないだろうか。

 

角田光代さんの小説は読んだことがなかった。

そんなわけで今回はじめてこの映画『愛がなんだ』のモヤモヤを突き止めるべく、いったいその原作はどんな物語なのだろうと、むさぼるように読んだ。

個人的な好みでいえば、映画のほうが好きだ。なによりナカハラの存在感がまったく異なっている。

そしてマモちゃんも、映画のほうが人間味を感じられる。

それはある意味当たり前かもしれないが。なぜなら小説ではテルちゃんの一人称で常に語られ、映画では誰の心情にも寄らないからだ。

 

少し話が逸れるが、この原作小説を買うのにとても苦労した。

軽い気持ちでメルカリで検索すると、「SOLD OUT」の嵐。

それもほとんど元値と変わらない価格で取引されているのだ。

品薄となると物欲を煽られるのが人の性。

ブックオフに行くもタイトルは見当たらない。

新品でもいいと、知り得る限りの書店5~6店舗を巡って検索機で検索をかけるも「在庫なし」の文字が。

仕方なくamazonで注文した。

これだけ話題沸騰中で、お店側も仕入れには気を遣っているであろう本の在庫がないということは、なんたる事態か。これはひとつの社会現象だ。

 

映画のほうはというと、日頃映画を見終えても、それについて考察したり、誰かと談義したりすることは、日本人にとってそれほど馴染みのない行為だと思う。

だが、この映画はリアルしかりSNSしかり、見終えた者はなにごとかを言わずにはいられなくなる。そんな不思議な吸引力がある。

共感する人、軽蔑する人、なんとなく感情移入する人、意見は実に様々だ。

 

この映画を見に行くきっかけとなったのが、「『勝手にふるえてろ』が良いと感じたなら、いまやってる『愛がなんだ』もおすすめするよ」と友人に言われたからだ。

どちらかというとミニシアター系の映画。どこにでもいそうな、自尊心の低い、完全にマイノリティ側の冴えない主人公。

だからこそなのだろうか。

自尊心の低い人たちは総じて恋愛が下手だ。

いつも後手を踏む。相手に尽くす。嫌われないように振る舞う。それが却って相手の気に障る。いや、障りもしない。

そんな憎めないばかものたちの心に、自分が言い当てられているような気を起こさせ、少しの陶酔も覚えさせながら、じわじわと胸に迫ってくる。

 

しかしテルコのような生き方は、大人になってしまった私たちにはきっと、できっこない。

けどどうしてだろう。全然彼女は客観的に見ても主観的に言っても、しあわせじゃない。

しあわせじゃないというのに、その姿に、心のどこかで嫉妬を覚えてしまうのは。気高いとさえ思えてしまうのは。どうしてなんだろう。

 

 

そしてまたエンドロールで流れるエンディングテーマがなんともいえない。Homecomings。映画をきっかけにして色んな曲を聴き漁っている。