夏石鈴子『バイブを買いに』裸で恋する女性たちの生き様を描いた珠玉の傑作恋愛短編小説集

この本は8つの物語からなる短編集だ。

表紙には、裸の女性のイラストと真っ黄色の背景、そして赤い文字で書かれた表題作のタイトル『バイブを買いに』。

5年以上前に読んで、あのときとても等身大のストーリー群に感動したのだが、内容はおぼろげだった。

 

このたび「色恋沙汰」というテーマで読書会を開催しようと決めたとき、私の中ではこの本が一番に思い浮かんだ。

そして今回読み返した。

やはり最初に抱いた本書に対する敬虔な気持ちは本物で、この本を一人でも多くの人に薦めたい、と改めて強く思った。

物語のテイストは階段を上るようにしてライトなものからヘビーなものへと移ろっていく。

立場の異なる女性たちのセックス観

『バイブを買いに』は、その表紙やタイトルからなんとなく察しはつくように、どのストーリーにも「性の営み」が深く関係しており、女性から見た「セックス観」が窺える。

恋人、不倫、浮気、家族、配偶者。

男女の付き合い方にも、いろいろな形がある。

その様々な視点から描かれる、繊細かつ大胆な心理描写は、静かに読者の胸を打つ。

ベッドの上で何を語るかで、男の価値はわかる?

同棲生活を通して立ち上ってくる男と女という生き物の持つ視点、物事の捉え方、感じ方の違い。

それはほんの些細なこと。しかしその些細なことは、現状を維持していくだけのエネルギーに亀裂を生じさせるには十分すぎるほど大きなことなのだ。

この小説を読んでいると、ベッドの上で何を語るか(或いは語らないか)で、男の価値は分かってしまうのではないかと思わせられる。

こんなことを書いてみても、「じゃあお前はどうなんだ」と聞かれれば、答えに窮する。

過去を振り返って思うのは、その発見がただ、言い逃れできない事実なのではないかということだ。

 

どうして男はセックスと、いまセックスをしている相手の女性と真剣に向き合うことができないのだろうか。頭を空っぽにしたがっているようにも見える。それはまるで何かに怯えているようでもある。

そんな仕草を見せるようなら、そいつはあなたのことを大事にしない、できない人間かもしれない。本当は自分に、相手を受け入れてあげるほどの自信と余裕がないのだ。

裸の関係で見えてくるもの

会う回数を重ねるたび、それまでの輝きは次第に失われ、鈍く光る部分が目立ち始める。そこで「この先もこの関係を続けていいのだろうか」という漠とした問いが浮かび上がってくる。

それに名前をつけるとしたら、「相性」ということになるかもしれない。

裸になって向かい合うというその関係性は、互いの色々なものを浮き彫りにする。

人はみな、凸凹だ。

 

私たちは必ずしも望まれて生まれてきた人間ではなかったのかもしれない。

世間では、「お母さんありがとう」とか、両親を労り感謝の言葉を述べることが好ましいとされる風潮があるけれど、本当のところはわからない。

その命が母の中に灯ったとわかったとき、二人の男女が100%の気持ちでそれを望んでいたと考えるほうが、おかしな話ではないだろうか。

そんなのは、一家団欒の光景を見せて住宅を売ろうとする販促CMの演出を本物だと信じるくらい滑稽な話だと私には思えてしまう。

命の重さ、それを知るのは

命は、当然重い。

だがその重さを本当の意味で知ることができるのは、女性なのではないかと思った。

…なんだかこの発言すら無責任に思えてくる。そこに女性に対する母性や神秘性を見出している自分がいる。

本書に登場する男性にも「お前は強いね」と、パートナーである女性に言葉をかけるシーンがある。しかし、「それは違うのよ」と心の中で彼女は反駁する。

ふたりの人間がいるんだったら、困っているもう一人を手伝えるほうがいいでしょう?
ただそれだけなんだよ。
こんなことの一体、どこが強いっていうの?
それは普通のことじゃないの。

夏石鈴子の描く女性たちは決して男を直接的には責めない

彼女は彼女たちなりのプライドによって、本当はとてもか弱いのだけれど、苦難を逆境を乗り越えようともがいてゆく。

そしてそれは最終的に、ささやかだけれど小さな、(けれど大きな)一歩を手にすることに繋がっている。