大嶋信頼『誰もわかってくれない「孤独」がすぐ消える本』これは人間関係攻略本だ!一人が寂しいと思わない体質の私が読んでも発見の連続だった三本の指に入る大嶋本殿堂入り

毎度毎度のことながら、自分に関係がないと思う本ほど、関係大アリという大嶋本の不思議。

私自身、学生の頃などはよく孤独を感じたものだが、24を過ぎたあたりから「自分そんなに友達求めてないな」ということに薄々気付きはじめ、いまでは一人遊びが常で、月一回人と会えればそれでしばらくはいいかな、って思えるくらいには孤独が好きな人間なので、今回の本も「そんなに孤独が怖いかねえ…」という感じで手にした本だった。

じゃあなんで買ったの?って聞かれたら、そら大嶋新刊はもう買わずにはいられない病にかかっているからで、どんな内容であれ、読むだけで4~5日は心身が安らかになるという効果があるので、肉体的負担に悩まされていたこともあり、ちょうどよいタイミングだと思って買ったわけである。

 

それがどうしたことだろう。

孤独は関係ないと思って買ったのだが、これはなにも、孤独感をあまり感じていない自分だけの話ではなかったのだ。

周囲の人間、つまり孤独を感じている人間が引き起こしてしまう発作、それに巻き込まれる形で、私自身が心身に不調をきたしてしまう、そんな状況を改善するその術が、余すことなく本書には書かれているのだ。

これは、他者の発作をある意味で鎮め、自分が快適だと思える環境に変えてしまえる方法が載っていると言い換えてもいい。

よくよく考えてみれば、たしかにこれまでも暗示や呪文などによって、自分が変わることで相手を変えてしまえるから、ある意味では「他者へ働きかけていた」わけだが、今回の書物は「ピンポイントで他者へ働きかけている」ような気がする。

 

後半に行くにつれて、私の脳では読解が追いつかない部分も出てくるのだが、前半から中盤までは本当に腑に落ちながら読めた。

そして、孤独感がないと思っていた私も、「あれ、なんでいまイラっとしたんだろう」とよくよく考えてみると、たしかに「疎外感を覚えたから」とか「自分だけ無視された気がしたから」という理由が隠れていることに気付いたのだ。

ゴミ出しのある日。母と姉が二人でゴミをまとめていたのにそれを教えてくれず、自分のゴミだけ出せなかったことがあった。

そのことに内心「イラっと」した。この不快感が自分でも不思議だったのだ。なんでそのくらいで腹が立つのだろうと。

だが、今回のことでそれがわかったのだ。そこには「自分だけが仲間外れにされた」「取り残された」という気持ちを感じていたことに。

 

9日違いで発売された、大嶋信頼『「自分を苦しめる嫌なこと」から、うまく逃げる方法』母親から生まれてきた人におすすめ!今回は呪文多めの本でした

本書はこちらの本と一続きになっているような気がした。こちらを読んでからのほうがより理解が深まると思う。

 

私は言うほど人間関係に悩まされた経験が少ない人間だ。(家族、恋人を除いて)

それというのも、逃避ばかりしてきた人生だったから、と言ってしまえばそれまでだが、学校や会社などでは恵まれているほうだったと思う。のらりくらりと、一人でいることがさほど苦ではなかったし、モンスター級の変な人には過去2~3人しか出会っていない。

だからこそ、孤独がそんなに悪いものではないというのは体感で知っていた。

ちまたには周期的に「孤独な生き方がカッコイイブーム」が訪れ、そうした類の書物がトレンドになったりもするのだが、そうしたポーズをとる孤独になんの意味があるのか、と訝っていた。

孤独は自己完結。人に話さないからこそ、成り立つ安寧。

「馬鹿だなあ」と思いながら、(中身は読んだこともないのだけれど)その横を通り過ぎていた。

 

そこへきて本書が読めたことで、そんな孤独を受け入れられない人たちの苦しみや悲しさが、「文化の違う人間」として、気持ちが理解できたし、そんな彼らを受容できるきっかけにもなった。

同じ孤独を持つ者として。

 

なんというか、結局、敵なんてどこにもいないのだ。

「時代錯誤もいいとこだ」と言われるかもしれない。

たしかに「巨悪は存在している」という思いにも偽りはない。事実いる。

だが、「敵がいない」ということもまた、この本を読んでいると腑に落ちるのだ。

まさに「無」敵。

 

この本は自分の中の大嶋本ランキング、三本の指に入るくらい衝撃的な本だった。

人生、人間関係の攻略本といってもいい。

いったいどこまで進化していくのだろう。

大嶋先生そのうち背中から翼生えてくるんじゃないのか。