吉村萬壱『出来事』このニセモノ世界に絶望を感じている人へ それは希望と紙一重 「確認」と「覚悟」をくれた連作長編小説

絶望を見せられて希望を感じる人間というのは少なからずいる。

私も間違いなくその一人だ。

とは言ってみたものの、それは自分が当事者でない場合の話なのかもしれない。

なにせ絶望を経験したことがないのでわからない。

しかしこの世のものとは思えない「絶望らしきもの」を見ていると妙な安心感を覚えること、あなたにもないだろうか?

それは「その場に居合わせなくてよかった」「これが現実でなくてよかった」という感想からかもしれない。

もちろんそれもある。

だが私が今回覚えた安心感の成分の多くを占めていたのは、この「現実」という今現在生きている世界に『出来事』という物語を重ね合わせ、もう駄目だと思った瞬間に差し伸べられた救いの手。これに対する救済されたという想い、カタルシスであった。

はっきり言ってこんなものに縋るのは、卑怯な者の行う弱者の論法なのかもしれない。

そもそもこれが私の単なる妄想なのか、科学的根拠に基づくものなのか、そんなことを証明して見せることはできない。なにせ私は馬鹿で愚かで逃げ惑うしか能のない凡庸な人間だからだ。

だがそれを誰が責められるというのか。大なり小なり我々の大多数は、同じ穴の狢ではないか。

さらに我々はホンモノの世界に耐えることができるほど、頑丈に出来ていない。偽物の世界こそ、我々が生きていくことができる現実なのだ。

 

私が欲しかったのは、ある種の「確認作業」だった。

「暗黙の了解」という言葉があるが、私はそれに承服した覚えはない。是にしろ否にしろ、一人一人の了解を得もせずに、この世界に押し込められていた。そのことへの苛立ちが、私の身体を常に蝕んでいたのだ。

私はただその誓約書の存在を、一目見ておきたかった。

自分でも気付いていなかった欲求に気付かせてくれると同時に、偽物の世界を生きていく覚悟を与えてくれた本書は、間違いなく今年のマイベスト小説である。

 

吉村 萬壱 (著)