『フライデー・ブラック』アフリカ系アメリカ人作家が描く近未来社会風刺SF小説

どれだけ痛めつけられようと、報復という形は取らない

暴力的な描写はあれど、彼の文体からは終始、なにか別の次元から来る哀しみや怒りといった感情が表現され、微笑みながら泣いているような、そんな声なき声が聞こえてくるようだった。

 

一時代である、ごく限られた平成という時代に生まれた日本人である私には、常から己の中に偏見が内在している。

それは本書を読み始めたときとて同じで、「黒人が書いたもの」であるという認識が、バイアスが働いていたことはどう言い逃れようと逃れられるものではない。

だが、これだけは言わせてほしい。贔屓目なしに、彼の才能は本物だ、と。

12編のシニカルでアイロニカルな物語

ページを繰ると、読者は唐突に、このひとつひとつの短い物語の世界に放り込まれる。

なにもない真っ白なその空間に、筆者の描いた独創的なプロットを、読者は一緒になって辿っていき、イメージを膨らませ、物語に輪郭を与えてゆく。

そこに立ち上がったストーリーは、とても創造的であるにも拘らず、現実にある話として、あるいはそう遠くない未来に起こるかもしれない現実として、重く受け止めることになる。

 

そのストーリー群はアフリカ系アメリカ人への差別を描くに留まらず、この現代社会のありとあらゆる問題をシニカルに暴き立てる。

女にどこまでも甘える男という生き物。

大量生産大量消費社会の地獄絵図。

留まるところを知らない欲望を抱えた消費者の群れ。

自己という顔を失ってでも、そこで働くしかない格差社会構造と労働搾取。

学校での虐めに端を発した無差別殺人事件。

世界の争いによって滅んだ人類のその後。

そこにアジェイ=ブレニヤーが施した空想というスパイスが加えられることで、物語は風変りで奇妙な光を放ち始め、読者をその世界へと引きずり込む。

デビュー作が映画化

91年生まれである作者は、なんと18年に発表されたこの作品がデビュー作であり、アメリカ文学界の巨匠からも称賛されると、『ニューヨーク・タイムズ』にも取り上げられるなど、今アメリカでも大注目の新人作家の一人だそうだ。

しかも同作品はすでに映画化が決定しているそうで、今後日本でも間違いなく注目を浴びる作家となるだろう。

 

万人受けするとは思えない作風だったので、これは意外だった。

現代社会の不条理に対して一撃を食らわせたいと思う読者は是非読まれたし。

 

ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー (著), 押野 素子 (翻訳)