冬の朝の洗顔は寒い!もう冷たい思いをしないで済む方法

あれは先週になるか、私は裏技を編み出した。

数年来、冬の朝に、寝ぼけ眼で顔を洗うという行為が、苦痛でたまらなかった。

洗う前から渋いツラ、略してシブヅラである。

賢い読者のみなさんは、もうお気づきだろう。

そう、キンキンに冷えてやがる「冷水」のせいである。

これを寝起きの顔にパシャパシャやるのだから、人間という生き物のやることは、つくづく狂気の沙汰である。

だが先週、この苦痛から解放される方法を思いついた。

独り占めしてもよかったのだが、なにせ世はシェアリング時代。

情報は、共有してこそ価値を持つ時代なのである。

だから私は、情報を共有しようと思う。なんと心が広いのだろう。我ながら惚れ惚れする。

心が広い人間には、肩身の狭い思いをしなくて済むよう、是非取り計らっていただきたいものだ。

さて、本題。

洗顔で冷たい思いをしない方法(エクスタシー)

蛇口から渾渾と流れ出る冷水を両手で掬い、それを顔の表皮に運ぶ瞬間、「生きてる生きてる」と連呼する。これは、心で唱えても、実際に声に出してもかまわない。各自判断に任せたい。

ただ、考えてみると、声を出して洗顔するとなると、口を開けた状態で顔を洗うということになるので、やはり心の中で唱えるのがベストだろう。かたじけない。

一回、「生きてる生きてる」

二回、「生きてる生きてる」

三回、「生きてる生きてる」

するとどうだろう。

最初のうちこそ苦痛に変わりがないのだが、ある瞬間から、スイッチが入る。

脳のある部位が騙されてしまったのだろうか。

ほんとうに生きている実感が湧いてくるというか、証拠を得たというか。

たしかに、冷たい暑いと感じることは生きている証拠。

論理的に納得したような感覚になり、苦痛が和らいでいくのだ。

否、これは、苦痛から解放されたのではなく、快楽に変わってしまった瞬間であった。

マルキドサドは言った。

快楽とは水で薄めた痛みのようなものである」と。

私は冬の朝の洗顔で、この言葉の意味を思い知った。

 

今宵はSMプレイが恋しい、クリスマスイブである。