『特定の人としかうまく付き合えないのは、結局、あなたの心が冷めているからだ』タイトルと表紙のインパクトに釣られた!心が冷めている自覚のあるあなたに伝えたいこと

この挑発的なタイトル。

そして、ダビデ像、真っ赤な表紙。

心が冷め切っているものとしては、「ほほ~ん」といった感じで、

その挑戦を受けて立つことにした。

が、パラパラと立ち読みした段階で、自分の肌に合うタイプの本ではないなと察しがついた。

「どうせ数週間後にはブコフで平積みにされる系の本だな」と。

そんな察しはついていたが、心理学をかじった内容だったというのもあり、隙間時間の暇つぶし&復習程度にはちょうどいいかなあと思いレジへ。

結果、その予想は的中したわけだけど。

なんだろう。この本を書いた人はもちろん立派な経歴をお持ちのお二方で、五百田達成という心理カウンセラーの人と明治大学教授の堀田秀吾という人の合作みたいな感じなんだけども。

大嶋メソッドを知っている人にしか通じない言葉を借りるなら、彼らは「支配者」なのではないかと疑った。笑

 

これだけインパクトのある挑発的なタイトルを付けるということは、少なくとも本書がそういった「こじらせ系の人間の手に取られるだろう」という自信はあったはずだ。

にも拘わらず、とてもこのタイトルの解といえる部分にまで言及できているとは言えない。

終始どこか喧嘩両成敗的な、日和見的な立場からものを言っている感じが鼻につく。

それは、年下に対してだけではない、同世代、年上に対しても同じ態度なのだ。

これは私のインテリに対する嫉妬なのだろうか。否、そうではない。と思う。

私は昔から他人や世間が一般的に欲するものにはとんと関心がない。

感覚がズレているのか、地位や名声、富といったものが、実のところよくわからないのだ。

ではなぜここまで食って掛かるのか。

このブログでは、自己評価で採点の低かったものについては、基本的に書かないようにしている。

それでもこうして記事を書いているのは、数少ないこのブログの読者の人たちに、「どういう系統の本や映画を私が好み、それを紹介しているのか」について表明する、いい機会だと思ったからだ。

人生は短い。仕事や睡眠、まばたきの時間を差し引くとますます時間は限られてくる。

これはこのブログのどこかで既に語ったことかもしれないが、仮に、学習能力の高い人の見ている景色と、学習能力がそれほど優れていない(もしくは一点に偏っている)並みの人間の見ている景色には当然、視差が生じる。

だが、学習能力の高い頭がいい人たちというのは、どこかで「ずる賢さ」を併せ持っている。

単純にその「視差」に、頭がいいが故に気付けないタイプの人もいるだろうが、その「視差」をわかっていながら、凡人に隠している切れ者もなかにはいるはずだ。

というのも、ビジネスに支障が出るからだ。

考えてもみてほしい。毎年毎年、ベストセラーの書棚には、カリスマ性のある人物が書いた本が整然と並んでいるが、その本を読んで、果たして劇的に変わった人間が何人いるだろうか。

視差の話を持ち出せば、当然それらを買う人間は慎重になり、売り上げが下がる。

うまく騙されてくれる人がいてはじめてビジネスは成り立つのだ。

売り手ばかり強調してしまったが、これには受け手の問題も当然ある。

別にそれらに異を唱えるつもりはない。

社会がこうして回り続けてくれるのも、圧倒的大多数であるその人たちがいるおかげなのだ。

ただ、もしも、その異変に気付き、そこから脱したいと思うのなら、その視差のことをわかった上で上手に買い物をすると、自分に本当に必要な、身の丈にあった知識・情報が蓄積され、自然と生活の豊かさや余裕に還元されていくのではないだろうか、とそんなことを思うのだ。

 

まああとは単純に「飲み会の席には這ってでも行け」をモットーにしているという堀田氏のその言葉に辟易させられたのもあるかもしれない。

たしかにこれはある意味そのとおりなのだと思う。

だがこの発言にはいろんな障壁がすっ飛ばされている

たとえば、自分の話で恐縮だが、常にトイレが気になってしまう過敏性腸症候群(IBS)を患っていることや、飲酒すると吐き気に見舞われること、飲みの席でなくとも通りの悪い声のおかげで会話が成立せず聞き流されることなど、障壁の数を挙げればキリがない。

もちろん、飲みの席の話はあくまで例え話であって、「まずは、食わず嫌いをやめなさい」というメッセージが込められていることは重々承知している。

しかし、きっと本書を手に取るような心が冷めている人たちというのは、この障壁にこそ、苦心しているのではないだろうかと思うのだ。

食わず嫌いのせいで視野が狭くなっていることに自覚的でもある。

そんな自分から変わりたい、のに変われない。

だからこそ、この挑発的なタイトルの本を、自分の非を自身で認めた上で購入しているのではないだろうか。

軒並みamazonのレビューの低評価が多いのも頷ける。

平均は3という微妙な数字になっているが、星一つが23%も占めている。

きっと彼らはタイトルに救いを求めて買ったはずなのに、「騙された」という感覚を覚えたからこのような低評価をつけたのだろう。

本書に高評価を付けている人のレビューを読んでみても、そこには深い洞察がない。

目をキラキラと輝かせ、少女がイケメンの横顔を恍惚と眺めているような、そんな感想文が目に付き、これから少女が経験するであろう失望のことを思うと、居たたまれない気持ちになる。

『特定の人としかうまく付き合えないのは、結局、あなたの心が冷めているからだ』

これに続く「なぜなら~」の部分が回収できていないにも拘らず、このタイトルを付けてしまうそのセンスが、中年パワハラオヤジのやりそうなことだ、と屈折したことまで考えてしまいたくもなる。

もちろん、本を売るためにはタイトルが大事だし、出版社、編集者とのやりとりで止む無く著者が「気に入らないタイトル」を付ける例もたくさんあると聞く。

しかしこの本の場合は違うようで、このタイトルに二人はご満悦のようだ。あとがきで「ここさめ」などという略称まで用いて溺愛していることから、彼らでこのタイトルを取り決めたことが窺える。

 

ただ、収穫がまったくなかったわけでもない。

社会的地位のある人、博識な人、であっても、こと、人間の心を解剖する、取り扱う、ということになると、まるで素人のようになる人がいることが、改めてよーくわかった。(それは、たとえ肩書きが心理カウンセラー、精神科医であってもだ)

ひとつのチャプターが終わる毎に、チェック項目×3つきで「心が冷めきっている人間」を思いっきりdisってくるくせに、解決策といったものは明確に提示されるわけでもなく、結局は「心を広く持ち、出会いを大切にしましょう」といった、隠れ根性論のようなもので片付けられている。

これではあまりにも読者に対して失礼ではないか。

心理学の学術的な論文をいくら引き合いに出しても、それを読み解く人間がお粗末では話にならない。

ただこの『特定の人としかうまく付き合えないのは、結局、あなたの心が冷めているからだ』というタイトルの吸引力だけには、惜しみない称賛を送りたい。