中島らも『今夜、すべてのバーで』憎めないアル中作家、らもさんの心温まる自伝的ノンフィクション小説

「中島らも」をご存知だろうか。彼は、アルコール中毒者として有名な演出家であり小説家でありミュージシャンでもあった故人だ。(シャブで捕まったこともある)

その生涯の大方は、シラフではなかった。劇団の舞台に出演するときも、小説を書いているときも、懐には必ずウイスキーの小瓶があった。

それは彼にとって、この世界でシラフでいることのほうが狂気だったからだ。

18歳のころから酒を覚えて17年間、彼は休むことなく、ただひたすら飲み続けた。

「この世をシラフで生きるのは難しい」

繊細すぎたがゆえに、酒や薬で紛らわすことしかできなかった、生きるのが不器用な人。

 

そんな痛飲を続けていた彼の強い肝臓にも、35にしてとうとう末期的な症状が現れる。

35歳死亡説

彼にはそんな予感めいた考えが、ずっと昔からあったそうだ。

おそらく自分は、「35までは生きるのだろう」と。

その予感が的中するかのように、彼はその歳で肝硬変を患った。

医者には「生きているのが不思議なくらいだよ」と言われ、仕方なく断酒と入院を決断する。

 

この小説はそんな中島らもの入院生活と周囲の人々を描いた、自伝的内容が彼の視点で描かれた小説だ。

現実から逃避するために酒を飲み続けた彼は、誰よりも現実と相対していた。

彼の作品をこよなく愛する私の目には、いまもそう映っている。

中島らもの魅力、稀代のユーモアな人

「なぜそんなに飲むのだ」

「忘れるためさ」

「なにを忘れたいのだ」

「…忘れたよ、そんなことは」

古代エジプトの小話

これは小説冒頭に引用されている一節だ。

お気付きのように、中島らもは稀代のユーモラスな人でもあった。

それは彼が執筆するエッセイ、小説、舞台の脚本から、言動に至るまで、ユーモアのセンスがあふれ出している。とにかく何を読んでも面白いのだ。

それはただの世俗的な笑いではない。そこにはなにか、知の奔流を感じさせる、知識と才能があってこそ成せる業が生み出したユーモアセンスなのだ。

天命の文才と鋭い洞察力

そうかと思えば、知識と資質に裏打ちされた鋭い洞察によって、笑っていた読者は急に真顔になり、その指摘に思わず唸らされることになる。

それはらもさんが、酒に頼りながらも、生きることに愚直なまでに向き合っていたからではないだろうか。

初心者に最初におすすめの一冊

は、この作品ではない。笑

日頃から細かいことを考えるのが苦じゃない読者にとっては、素敵な出会いとなるだろうが。

それほど読書をしない人向けには、『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』や『中島らもの明るい悩み相談室』、小説であれば短編集『白いメリーさん』、大長編にはなってしまうが『ガダラの豚1~3巻』あたりをおすすめする。

暗澹たる気持ちを、ときに真面目に、ときに笑いを以て救ってくれる、貴重な読書体験ができるはずだ。

 

今夜、すべてのバーで』を紹介したのは、この本がらもさんにしては珍しく、素直なハッピーエンドを迎えていることが珍しい気がしている。

私はこの本が好きで、年に数度、読み返したくなる力を持った本だから、おすすめした次第だ。