リベレスタカウンセリング三回目

「心に聞く」の返答の内容に、少し自信を持てるようになってきた。

まだまだ踏み込んだ質問内容だと、浮かんでこない(あるいは邪魔がある)のだろう。

ひとまず快だと思う心の声には疑いを持たないようにした。それでいいらしい。

カウンセラーの方も、いっしょに心に聞いてくれるので、心強い。自分が返ってきた答えと、カウンセラーの方が聞いた答えが一字一句違わず同じだったときは、胸がいっぱいになった。

なによりも、どんな些細なことでも、心に聞く習慣をつけることが大切なようだ。

いわれて数日間は意識的になれるんだけど、なにせ三日坊主なもので、時間がたつとうっかり忘れてくんだよな。また再開しなければ。

まあ、やってること自体は苦痛じゃないんだしね。

そして、ひとつぼんやりとだけどわかったのが、「心よ!」のタグづけって、こういうことか、と。

それはつまり、自分の心が存在して、その周りに、さまざまな雑念思念が取り巻いているということ。なにも、自分の心という器の中それ自体に、雑念が在るわけではなくて、心の外が曇っているんだな、と。

それを引っ張り上げるのが「心よ!」というタグづけであって、心は本来、無垢なままそこに居てくれてるんだなと。

心に聞く、でまだ自分の顕在意識をいい意味で裏切ってくるような答えは返ってきてないけど、自分を労わる気持ち、というのは本当に久しく忘れていたようで、そういう気持ちが浮かび上がってくるだけでも、このメソッドの効果を実感している。

50分に渡るカウンセリングでは、ほとんど一方的に自分が喋っているような気がする。何年間もひた隠しにしてきた感情や言葉が、信頼しているからこそ溢れてしまう。

いままではそんな自分が恥ずかしい、醜いと思っていた。

だけどいまは、そうやって話せる自分が、少し大人になれたかもしれないと思える余裕が出てきた。

そして、もちろん話を聞いてもらうだけじゃなく、FAP的なアプローチもしていただいている。(○○×7回唱えるやつ)

現在が刺激の少ない環境にあることを差し引いても、少しずつ首の症状は改善してきているように思う。

なにより、人と対面したときの焦燥感が明らかに薄まっている。最初は逆に、その変化に驚き焦り、汗がにじんだくらい。

ほんとうに長かった、自分にとってはとても苦しかった闇のトンネルから、いずれは出られるかもしれないという目途が立ったことで、安堵感を、しっとりと感じている。

「変わりたいのに変われない」

「同じ失敗ばかりを繰り返す」

「いつもいいように使われる」

「他人の同情は引けないけど、真剣に悩んでいる」

「自分はこんなものじゃない」

「自分が嫌い」

そういうふうに感じている人は、大嶋先生が提唱する催眠療法で改善されると思います。僕は一歩一歩、確実に変容できています。