石牟礼道子×藤原新也対談集『なみだふるはな』水俣と福島の人災から見る 近代化によって得たもの、失ったもの

 

石牟礼道子さん。生前に私が関心を示すことがなかったことに、いま少なからず後悔している。

去年の暮れ辺りから石牟礼さんの代表作である『苦海浄土』が気になり出していたちょうどその頃、坂口恭平さんつながりで、ある雑誌の対談を読んでいた時、作家の渡辺京二さんが「石牟礼道子と坂口恭平は間違いなく天才だ」と書かれているのを読んで、さらに石牟礼道子という存在が気になり出した。(このお三方は皆、熊本の生まれという共通点がある。)

 

とはいうものの、調べていくうちにどうやら代表作である『苦海浄土』は全三部作であり、その分厚さも辞典並みで、とても気軽に手を出せる本ではないということを知った。

しかし、その著作を読了した人々の感想を読んでいると、「地に足がついていてなお、浮世離れした作品」というような評をよく見かける。

これは読みたい。そういうわけで、まずは水俣病を、そして短いものから石牟礼さんの人となりを知ろうと思った。それで最近単行本化されたばかりの本書を手に取ったわけだ。

水俣病とは

水俣病は、チッソ工場の排水にあったメチル水銀が、海にいる魚や貝などに入って、それを人が食べることによって起こります。空気を通じてうつることも、触ってうつることありません。
体の中に入ったメチル水銀は、主に脳や神経を侵し、手足のしびれ、ふるえ、脱力、耳鳴り、見える範囲が狭くなる、耳が聞こえにくい、言葉がはっきりしない、動きがぎこちなくなる、などの症状が起こります。
汚染された魚を食べた母親の胎内でメチル水銀が体に入って、魚を食べていないのに水俣病になった赤ちゃんもいます。

引用:水俣病について知っておいてほしいこと | 一般財団法人水俣病センター 相思社

「水俣病」という言葉こそ知っていても、それが日本の四大公害病であるという記憶の仕方しかしておらず、そもそも公害病とはなんなのかを深く思案することもなく、試験のためにただ暗記に必死になっていたことを思い出すばかりだ。

リアルタイムであの映像を見た私たち以外の世代にとって「フクシマ」もまた、同じように扱われていってしまうのだろうか。

水俣と福島

福島の原発事故と水俣の有機水銀排水。

この二つに共通するのは、企業と行政が齎した人災であること。そしていまもなお、責任はうやむやにされ、その被害と苦しみは続いているということだ。

石牟礼道子

その風貌こそ、書影などで拝見したことはあったが、なにか優しさの滲み出ているお顔だなあと思っていた。

今回初めて、石牟礼さんの言葉に触れたわけだが、まず、その話し言葉が美しい。いやらしさのない、ごく自然な美しさだ。そして、随所に幼少期の思い出が語られるのだが、そこにはなにか、彼女が体験した原風景を、私が見たことも感じたこともないはずのその土地の情景を、ありありと見せられているような心地になる。時折、笑いながら話されているのだが、文面からでもほんとうにチャーミングで可愛らしいお人柄が窺える。

それでいて、その眼(まなこ)が捉えているのは過去と未来であり、それは近代化を果たした現代への言伝となっている。

藤原新也

聞き手である藤原新也さんという人もまた、言葉の重みが違う。彼は写真家であり、インドを始めとしたアジア地域や、被災してから一週間を待たず福島の立ち入り禁止区域入りし、その惨状を目にしてきた人だ。

しかも写真家でありながら、原発、放射性物質についてやたらと詳しい。写真家として日頃から動物や植物に対しての観察眼が鋭いからこそ、気付くことができる異常の信号。科学的な視点だけではなく、漁師や農家の人々なら知っている経験則のようなものが教えてくれる。

それを異常事態と捉えるかどうかは個人の思想に帰属するが、それを鵜呑みにしないだけの強靭な精神力がこの人にはある。

おわりに

この本はとにかく読んでもらうことに尽きる。

我々の現在地がいま、どこにあるのか。

少数の(決して少なくはない)犠牲の上に成り立つ社会構造など、もう見直すべきときに来ているのではないか。

社会そのものが、コロナウイルスによって停滞しているこうした時間こそ、夢と現の境目を、一度真っ直ぐ見据えてみてはどうだろうか。

我々がこれから舵を切るべき方向はどちらなのか。

自然回帰などという安っぽい話ではない。

必要十分を享受した我々が、これ以上まだなにか多くを望むのであれば、その末路は人間にとって地獄となりかねない。

大地も海も植物も動物もみな、呼吸をしている。

共生などという易しい言葉ではない。我々はただ生かされているだけなのだ。

そんなことを自省しながら読んだ。

本書を読むことで「見る」ということの奥行きを、是非、感じ取ってもらいたい

 

石牟礼道子 (著), 藤原新也 (著)