面白い本を見つける方法 エセ読書家が独自に編み出した方法を経験的に語ってみる

面白い本って、どうやって見つけるの?

読書を始めたころは、そんな素朴な疑問を持っていたことを思い出す。

「読書を趣味にしたい」と思っていても、本は腐るほどあるため、その中から自分の肌に合う本を探し出すのは非常に難しい。

たしかに、芥川賞や本屋大賞といった賞にノミネートされた作品を選べば、それなりに楽しく読めるのかもしれない。

だが、そうしたいわゆる娯楽小説といわれる作風ではなく、エンタメとしても読めるのに、読後はしっかり重い。そんな、読み手に何かを考えさせ、学びをもたらす本に出会ってみたくはないだろうか。

いや、検索してこのページにたどり着いたということは、きっとあなたは既に刺激的な一冊を求めているはずだ。

世間的にはNGだが、心と身体が刺激される。そんな中毒性を持った一冊に出会うためにはそれなりに工夫が必要なのだ。

そこで、そうしたメジャーなアプローチによる本の探し方とは異なる、私が独自に考案した面白い本の見つけ方を紹介しようと思う。

心の底から感動できる本に出会えたときの快感は、たとえようもない。脳内物質ドパドパドーパミンである。

思わず一人で「ひゃー」とか「んにぇー」とか奇声を発することになる。

 

おそらく多くの読書家たちは、この「自分だけの一冊」に出会う快感を求めて、より多くの本に手を伸ばすのではないだろうか。

なぜタイトルに「エセ」と書いたのか

私はおそらく、一般的な読書家といわれる人たちと肩を並べられるほど、たくさんの本を読んでいるわけでもなければ、寝食を忘れて読書に没頭するほどの本好きでもない。

熱中するときは短期間で数冊続けて読んだりはするが、年間で通したら読まない時期のほうが多いかもしれない。

そのため、「エセ」と断っておいた次第だ。

しかし、本の魅力に憑りつかれた人間であることは間違いないので、このまま読み進めていただきたい。

年間200冊なんか読まなくていい

ちまたには数多の読書術・速読術などが溢れており、

年間200冊は読みますね(ドヤッ)」などという著名人やブロガーを見かけたりすると、次元が違いすぎてひどく落ち込んでしまいそうになる。

だが、待ってほしい。

本当にそれは本を読んだといえるのだろうか。

マーケティングや世間的価値観でものを見る場合はそれでもよかろう。

だが、私の読書における価値基準は量ではなく、質だ。

そして、質のいいものを繰り返し読む、それこそが大切なことではないだろうか。

これは次項に譲るとして、まずは「年間200冊論」だ。

 

「年間200冊」とは何を指すのか。その本のジャンルが自己啓発やビジネス系に偏っているのであれば、おそらく年間200冊など容易い。

単行本でも小一時間あれば読めてしまう中身のない本などいくらでも溢れている。

数打ちゃ当たる。カリスマ人間はそれでもいいかもしれないが、凡人である我々がそれを真似れば、ビジネスの餌食となり時間泥棒にあうだけだ。

我々の弾丸の数は限られている。慎重に、一発一発、狙いを定めていかなければ寿命のほうが先に尽きてしまう。

 

では、その精度を上げるためには何ができるのか。

読了した本の分母こそ少ないかもしれないが、直感的に肌に合ういい本を引き当てる自信が私にはある。

これはなにも私の特殊能力というわけではない。

年間200冊など読まずとも、5冊読めば目は養われる

200冊など読まなくたって、たった4~5冊読むだけでも、あなたの本を探す目は養われ、確実に研ぎ澄まされていく。これは、さほど頭のよろしくなかった自身の実体験だ。

最初は私だって、右も左もわからない人間だった。それこそ小説コーナーの分類が、基本的には出版社別に並んでいることも。

そもそも、中高生の頃などはまったく読書に関心がなく、六年間で読んだ本は20にも満たないのではないか。

少しずつ本を読む習慣ができたのは、19を過ぎた頃だったように記憶している。

最初に読み始めたのは、太宰治や村上春樹といった、誰もがその名を知っているような作家ばかり。

学外で遊ぶ友達をほとんど持たなかったうえ、ゲーム音痴なので楽しさがわからない、となるとやることがない。時間だけが余る。

加えて「はっちゃける」人種に対して軽蔑的だった私は、偶然、文学かぶれのT君に勧められ、小説というものをはじめて真面目に読んだのがきっかけだった。

 

それでも読書にのめり込んだ、というほどでもなかった。

19歳で読んだ本は、結局年間にしても20冊を超えなかったと思う。

何が言いたいのかというと、それでも確実に本を選ぶセンスは磨かれていった、ということだ。

「本をたくさん読め」というのはカリスマ人間の甘い罠

天才や成功気質の人間が「本をたくさん読め」というからといって、それを鵜呑みにしてはいけない。

なぜなら私たちは凡人だからだ。(悲観しているわけではなく対比として)

天才向けの取り扱い説明書を読んで、凡人が稼働するというも滑稽な話ではないか。

凡人には凡人なりの戦略が存在していてもいいはずだ。

だが、そういった声はなかなか聞かれない。

なぜなら凡人だからだ。

なにせ、華々しい成功を収めているわけではないので、もともとの拡散力影響力がない。

厄介なのは、人間には多くの支持を集めているものを無根拠に信用してしまうという、多数派同調バイアスが働いてしまう。

仮にまともなことを述べていようが、大多数が目にとめていなければ、それは無かったことにされる。

加えて、インターネットがこれほど多くの人に普及し活用されるようになった現代は、本当に営業力マーケティング力がモノをいう時代になってしまった。

一昔前なら、特段ためになることが書かれているわけではない個人ブログなどを読んで、にんまりしたものだったが、今ではそういったブログを検索結果に表示させるのは至難の業だ。

このブログとて、真摯に書き綴っているつもりだが、あまりSEOを意識していないため検索結果には現れにくい。つまり、商売っ気がないものが埋もれてしまう時代なのだ。

話が少し脱線してしまったかもしれないが、ようするに私が言いたいのは、ベストセラーの棚から一度距離を置いてみるのも悪くない、ということだ。

ベストセラーの棚を俯瞰してみる

大型書店などで売れ筋の本、ピックアップされている本、ベストセラーの棚を、木を見るのではなく、森を見るように俯瞰してみる。

これが実際、本当に面白い。

日本における時代の潮流をなんとなく感じられるような気がする。

いまの世間で人気が出てきているのは「孤独に生きるのってカッコイイ」というもの。

私にしてみれば、なにをいまさら、なのだが。

この「孤独ってかっこいいよね」系は、定期的にブームがくる。笑

おそらく誰もが憧れはするが、身に付けられないまま群れに帰っていくのだろう…。

 

こんなふうに俯瞰してみると、トレンドを買わされていることがなんとなくわかってくる。

そういう見方をする分には是非楽しんでいただきたいが、そのコーナーにのめり込んではいけない。

ようするに、「何を手に取るか」が重要なのだ。

ツイッターでローカルな本屋さんのアカウントをフォローする

大型書店はたしかに便利だ。買いたい本の在庫が必ずといっていいほどあるし、すぐに見つかる。

だが、地元の小さな個人書店や古本屋にも別の魅力がある。

私はそういった本屋を片っ端からツイッターでフォローしておき、定期的につぶやきをチェックしている。

なぜなら、これが掘り出し物の一冊に出会える確率が高いからだ。

小さな書店などは、選書のクオリティが高い。

個人経営の書店などは、本が好きだからこそお店を開いているのであって、その読書の経験値を積んだ人が選んだ本、つまりその人の洞察力や倫理観が、書店に並べられる本にも反映されやすい。(もちろん個人差はある)

またアカウントによっては、おすすめ本の紹介や特設コーナーのお知らせなどが不定期で更新される。

今年は、ある古書店の店員さんがおすすめしていた岡本太郎の『自分の中に毒を持て』を読んで、とてもいい読書体験が出来た。

好みのアマゾンレビュワーをチェック

買い物をするまえに、amazonのレビューを参考にする人は多いのではないだろうか。

そんなamazonレビューをもう少し賢く使う方法がある。

それは、アマゾンレビューからお気に入りのアマゾンレビュワーを見つけブックマークしておくことだ。

これは、ちまたに溢れているブックレビューアプリなどで、他人がおすすめしているものを選ぶ、という行為と似たようなものだ。

だが、amazonに感想を書いている人は、ブックレビューアプリに書いている人と違う点がある。無償である点は同じだが、匿名性の高さが違う。

承認欲求の度合いでいえば、amazonレビュワーのほうが低いのは頷けるのではないだろうか。

実際、このブログでも紹介した葉真中顕の『絶叫』は、とあるamazonレビュワーの評価を参考にして購入するに至った。

もちろんブックレビューアプリでも構わないが、amazonレビュワーの場合、本だけではなく、普段の買い物の評価まで見られる、というメリットがある。その人が購入した本以外の商品に関するレビューを読んでみると、自分の感性に合うかどうかの判断材料にもなるのだ。

二冊以上同時並行で読む

これはちょっと本題から逸れるかもしれないが、自分が実践していて効果があるので紹介したい。

やはり人間、一つのことに集中していると、いずれ飽きがくる。

それは読書にも同じことがいえるようで、一冊の本を集中的に読んでいると、それがたとえけっこう面白い本であったとしても、ふっと途中で集中力が低下することがある。

一息ついても、勢いを保てるならそのまま一冊を読み続けてもかまわないが、なんとなく次のページを繰るのが億劫になっているなあ、と思ったらチャンス。

ここで別の本を読み始めるのだ。

その本は似た系統の本でもいいし、まったく違うジャンルでもいい。

そしてこれがまた相乗効果になるから面白い。

二冊同時に読んでいる本の内容の一部が、思わぬところでリンクしたりして、また違った角度から考察でき、結果的に理解が深まる、ということが往々にしてある。これは読書家あるあるかもしれない。

そんなこんなであっちが飽きたらこっち、こっちが飽きたらあっち、としているうちにスラスラと読めてしまい、短期間で複数冊読み終わっていた、なんてこともある。

もしかすると多読家は、この方法を採用しているのかもしれない。

さいごに

また新たな面白い本の探し方があれば追々更新していきたい。