8/25大嶋先生講演会in福岡『嫉妬や劣等感から解放されて100%の自分になる! 自由に、楽しく、的確に自己主張』に参加しての感想と備忘録

朝日カルチャーセンター主催で行われた大嶋先生の講演会。

144名を収容できるスペースが埋まりきるほどの大盛況ぶり。

事実、定員オーバーで参加できなかった人たちも大勢いたと代表者の方が話していた。

講演中は撮影禁止のため、大嶋先生が登壇される前の会場の雰囲気を一枚パシャリ。

 

文化会の主催者経験を経て、自分に度胸がついたからなのか定かではないけど、なにこの落ち着きは。

会場は謎の安心感に包まれており、おそらくいまこの場で知り合ったであろう方々が隣り合った席の人と話をしている声がそこかしこから聞こえてきた。

「嫉妬の発作よね」「心よ~って聞くと」「邪魔が~」

断片的に聞こえてくる会話はどれも日常じゃありえないもの。笑

それだけで一人にやついてしまった。

 

そしてついに時間になると、大嶋先生登場。

まず最初に抱いた感想は、「か、かっこいい…」というものだった。日焼けがすごい。笑

でもDVDで見た先生そのままで、とくに「雲の上の人」という感じはほとんど感じられなかった。別にオーラもないし、一見するとごく普通の人。って感じ。

いや、違うな、その「ごく普通の人」っていう形容は、一般人という意味の普通ではない。

自分(私)と同じ空気感をまとった、普通の人、という意味だ。

いま思うと、これが大嶋先生がお師匠さんに抱いたときの感想と一緒なのかなーと。

そう思うとなにか感慨深いものがあるな。(先生のことを「ただのおっさん」だとは思わなかったけど笑)

 

今回の講演は「嫉妬」がテーマ。

大嶋メソッドのなかでも、私が一番得意とする分野だ。

もはや人にレクチャーできるレベルにある。それだけ繰り返し本を読みDVDを見て勉強した。笑

 

にもかかわらず。本当に、何度も何度も新しい発見がある。

同じことを聞いているはずなのに、そのときどきで受け取れるものが変化する。

学習すること、学ぶことの醍醐味ってここにある。

反復学習。これこそが原点にして最強の学習法だ。

 

先生は今回、趣向を変えて嫉妬を日焼けに例えてお話してくださった。嫉妬の夏バージョン。

それがめちゃくちゃわかりやすくて、その場では「なーるほど」と思っていたのだけど、そこは集中して聞きすぎたせいで、ほとんどメモってないので人にうまく説明できるほどよく覚えてないので割愛する。←

 

講演の内容というよりは、私個人が主観的に感じたことを備忘録的な意味でここに書き残しておきたい。

 

大嶋先生の書籍の多くは、とくに最近のは「唱える」系のものが多い。

それというのも、「唱えると頭で考えなくなるから」「スイッチをOFF」にできるからなのだそう。

ここで一つ目の大きな気付きなのだが、これだけ「唱える」という簡単なことを半信半疑でいいからやってみなさい、と言われているのに、むしろそれこそが大嶋メソッドの「努力せず、楽していい方向に向かう」ための手段なのに、そこすっ飛ばしてた。

唱えてるのに…とか愚痴ったりするけど、ゆうてそんな唱えてないことに思い至った。昨日の講演でおっしゃってたのも「跳ね返す!」と「SIRT1(サートワン)の還元」以外記憶に残ってないし…。

でも面白いのは先生でも唱えるのを忘れてたっていうエピソード。

あれだけ本を書いて、自ら暗示を唱えなさいと提唱してるのに、体の不調を「うーん、なんでかなー」「体動かしたらいいのかなー」「うーん、ちがうなー」なんて意識で解決しようとしてるところに笑った。

先生でさえド忘れするんす。むしろそういうもんなんでやんすね。

だから、とにかく、唱える。

 

効いてるか効いてないかとか、自分で判断する暇さえ与えないくらい、あほになって唱える。

それが自分にはいま最も必要なのではないかと思った次第である。

とりあえずちゃんとスマホにメモるところからはじめよう。。。

 

そして事前に寄せられた質問の中で「唱えても唱えても一瞬よくなってもまた元に戻る。どうしたらいいの?」というようなものがあった。

この回答に鮮烈な衝撃を受けた。

ああ、そうだ。と。

 

「変化、治療、回復、というのは、同じところをぐるぐる回っているように思えて、実は違う。それは螺旋階段なのである。その傾斜角がたとえ緩やかでも、繰り返し、繰り返し唱えていくことで、唱えていなかったときに比べて、確実に変化してる。」と私なりに解釈した。

でもこれほんとうにそうだ。

物足りない、って気持ちはあるけど、本当に日に日に自分が自分らしく、生きやすくなっていっているのを感じる。

もちろん、一歩進んで二歩下がる、と感じられる日も当然ある。

 

だがそこで次の質問の答えだ。

「『○○の背後に無意識がはたらいてる』を家族全員に唱えていたら、命に関わるような出来事に遭遇した、これは好転反応なのでしょうか?」というもの。

その答えは、YESだった。

 

鍼治療などではお馴染みなのだが、治癒する過程で瞑眩反応、あるいは好転反応と呼ばれる、いわゆる体が快方に向かうための解毒作用が訪れることがあるのだ。

 

だがその状況を恐れて、元に戻ろうとしてはいけないと先生は言う。

そのまま突き進みなさいと。

いわば、台風の目へ向かってるんだ。

自分という中心へ近づけば近づくほど、風は吹き荒れる。

だが、その風を凌ぎ、中心にたどり着けばそこは、凪いでいる。

 

今まさに、私はその暴風圏内にいる。自由になりそう、羽ばたけそうと思った矢先に、家族のことで問題が浮上した。

 

でも先生は言っていた。「あなたが責任をとる必要はないの」と。

それがたとえ、世間からは残酷だといわれるような選択であっても、自分の人生を生きたい。ただそれだけの願いを叶えるためには、一度だけ、思い切ってお人好しをやめる瞬間も必要なのだ。

『パレードへようこそ』の、ブロムリーのように。

痛いのはお互い様なのだ。

その過程があってこそ、人は成長し、孝行もできるのだと思う。いつか迎えるその日のために、決別も必要なんだ。

 

 

最後に自然と列ができていたので、並んで大嶋先生に握手してもらった。

「ありがとうございました。」という言葉しか言えなかったけど。

じっと目を見ながら、三秒間のあの握手で、先生はにっこりと、応えてくださった。

手は冷たく感じられたけど、とても暖かいと感じる握手だった。

これからますます自由になっていく自分の未来にわくわくしながら。

大嶋先生と、先生の治療法を知って救われていく人たちと一緒になって。

 

 

我々の間には、チームプレーなどという都合のよい言い訳は存在せん。

あるとすればスタンドプレーから生じる、チームワークだけだ。

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX