佐藤友亮『身体知性 医師が見つけた身体と感情の深いつながり』マッチョに嫌悪感がある人におすすめ、肉体を鍛えることは精神を鍛えることにもつながる

この本を読んだのは、もう三ヶ月ほど前になるか。

血液専門の内科医であり武道家(合気道)でもある著者、佐藤友亮氏が「西洋医学の起源から現代の医学に至るまで」を論理的に紐解いていき、そこから東洋医学的な視点も取り込みつつ身体論に迫り、「身体と心のつながり」を観察・洞察していくというとても面白い試みの実験的な本である。

読もうと思ったきっかけ

私自身、この手の身体と心の両者を扱った読み物が好きで、これまでにも何冊か読んでいる。

だが、今回とくに読みたいと思ったのは、「この身体をどうにかしたい」というものだった。

いくつかの整形外科を回り、カイロプラティックを頼り、カウンセラーやら心療内科やらも併用するなどして、この謎の「身体症状」を抑え込むために全力を注いでいた時期があった。日常生活にあきらかに支障をきたすほどになっており、疲労感が凄かった。

 

そこでその時、もう一度、肉体と精神というもののつながりを見つめなおして、

「身体をコントロールできるようになりたい」という期待と希望を胸に本書を手に取ったのだった。

が、しかし、ある意味でそれは裏切られることとなった。

まあ、それは単純に「心や身体を安定させる具体策が載っていなかった」というお門違いな私のわがままであり、そういった意味の期待に応えてくれることはなかった。

だが、読み物としては難解なところはあれど、とても貴重な読書体験となったし、なにより身体を動かすことの重要性を論理的に理解することができたので、頭でっかちな私が、行動に移すきっかけにもなった。

感情が身体を支配するように、身体が感情を支配する

「心から身体に影響が及ぶ」プロセスは何度も経験積みのため想像に難くないのだが、

身体から心に影響が及ぶというプロセスに関しては、具体的な経験が乏しい、あるいは実感を伴った体験として記憶に蓄積されていないためか、いまいちピンとこなかった。

だがしかし、思い返すと、去年はそれを認識させられるエピソードが二つほどあった。

ひとつは、運動だ。

「え、なにをいまさら」「当たり前じゃん」という人がいるかもしれないが、出不精でガリ症の私にとっては、目から鱗といえる事実だった。

もちろんその言説があることは知っていたし、効果もあるのだろうと思ってはいた。ただし、自分を除いては、と。

いま思えば、身体を動かした方がいいというアドバイスをくれたのは、三人くらいいたのだが聞く耳持たず。運動の持つ力を侮っていた。(さすが帰宅部)

どれだけ肉体を軽視していたのか、ということに気付けたのは大きな発見だった。

肉体から精神を病むことがある。

自分の場合、肉体的な症状に悩まされていたせいで精神が参ってしまっていた。

 

気分が沈んでいるときに、それを癒すために感情へ直接働きかけることはたくさんしているつもりだ。

だがその効果が薄いのなら、いっそのこと肉体側からアプローチするのはどうだろうか、と。

そんなことは、とうの昔から世間では常識なのかもしれない。

嫌なことがあったなら、身体を動かして発散しよ?(忘れよう?)

だがそのようなパリピ的思考は、脳内お花畑のおめでたい連中の戯言だと決めつけていた節があったため、実践しようとも思わなかった。

振り返ってみると、なぜこのような凝り固まった思考だったのか不思議でならない。

たった数か月前の自分であるのに。まるで別人みたいだ。

いまは体を動かすようになって、身も心も軽くなってきている。

疑問だった、医師が診断を下すプロセスの謎

私は漠然とした疑問を抱えていた。抱えていたというよりも、この本を読んでそれが明確になった。

患者の訴えを聞いて、医者が判断を下す。

たしかに考えてみれば、「医学的知識のない患者の訴えと簡単な検査」をもとにして診断名や対処法を決定している医師のその判断プロセスは、いったいなにによるものなのか。

そんな疑問を解消してくれる、痛快な筆者の論考に思わず膝を打った。

ここにそれを紹介したいのだが、拙者ではまだまだ修行が足りぬのか、うまく説明できる自信がない。

誤解を生まないためにも、ぜひあなたの目で確認してくだされ。

メタ認知という語彙

「メタ認知」という言葉を知れただけでも大きな収穫だった。

これは、簡単にいうと「わからないことをわからないと認識していること」つまり、「なにがわかっていないのかは、わかっている状態」のことだ。

この能力って、非常に大事。

仕事柄、webサイトを作るためにhtml&cssというマークアップ言語を使うのだが、3年前まではこの能力が養われていないばっかりに、先輩に聞こうにも、自分がわかっていない部分を言語化できなかったため「質問を組み立てられない」という問題に何度も何度も悩まされた。

いずれこのブログでも紹介しようと思っているが、「ロジカルシンキング」という考え方を学んでからは、少しずつだが改善しはじめ、いまでは比較的容易に質問を組み立てることができるようになり、仕事そのもののスキルアップにも役立てられている。

 

去年、書店の売れている本のコーナーに、「語彙力こそ知性」といったようなタイトルの本を見かけたが、たしかに豊富に語彙があると、人に伝えるときの表現の幅が広がるだけでなく、「自分で自分のわからなさをわかる(把握する)」ためにも、大切なことだなあと、その本は読んでないが、思った。