原田宗典『スメル男』マザー・テレサ顔負けの三重苦を背負わされた男のエンタメ哲学小説

今日は僕の大好きな作品、原田宗典さんの『スメル男』をご紹介したいと思います。

この本、よく言われていることなのですが、「スルメ男」ではありません。「スメル(smell)」です。英語の勉強を頑張った人はピンときたかもしれませんが、そうです。smellは日本語で「香り」や「におい」を意味します。

僕も最初この本を手にしたとき、スルメ男だと勘違いしてました。

あらすじ

主人公の武井は、それまでごく平凡に生活していた大学生であったが、突然の母親の死を契機に、無嗅覚症、つまり、鼻がきかなくなる精神的な病を患ってしまう。父親のほうは、武井がまだ生まれる前に亡くなっており、20代にして両親を失ってしまった。

これだけでもすでに悲惨なのだが、

嗅覚というのは五感のなかでは軽んじられていると思うが、においが嗅げないことの弊害は意外に大きく、食欲や性欲の減退につながっていく。

考えてもみてほしい。20代で両親を失い、性も食も盛りである年頃に、それらを失う。加えて彼には、昔から吃音があった。伝えたい言葉にさえ、距離があるのだ。

八方塞がりである。

が、この先彼に降りかかる不幸の雨はやむことを知らない。

その極めつけが、スメル、ということである。

鼻の利かない彼の身体は、東京中を巻き込む、原因不明の異臭を放っていくことになる。

感想

この作品に出会ったのは21くらいだったと記憶しているが、当時とにかく何に対しても退廃的で、見るもののほとんどを、グレーに着色し、物事に対する興味をまるで失っていた。まあ、ネガティブな時期を経験したことがある人になら誰にでもある、ああいう時期だ。

そんな折、手にしたのがこの『スメル男』だった。

何に対しても興味関心を持てなかった当時の僕が、出だしから、むさぼるように読んだ。仕事の時間が苦痛だった。はやく続きが読みたい、と。

そして、読み進めていくうち、二度三度と、ぽろぽろと泣いた。作品を見て泣くなんて、「そんな奴の気が知れねえ」「自分に酔ってるだけだ」と心で唾を吐いていた自分が、泣いていた。

『スメル男』をはじめて読んだときから今まで、何度か読み返したんだけど、そのたびに、あの当時の気持ちに浸ってます。

決して前向きとは言えない心の状態なんだけど、こういうブルーな気持ちって、自分から「切り離したくはない」大切な気持ちのひとつなんだよね。

ここまで聞くと、「そんな暗い話なのか…」って思われるかもしれないけど、そんなことは全然ない。

むしろ、笑えてしまうシーンがたくさんある。落語がそうであるように、他人の不幸で笑っちゃう、あの感じ。笑っちゃいけない、笑い。とか、

個性的な登場人物たちにも笑わされる。しかも、現実にいそうなキャラクターだから、なおさらクスっと笑える。

そうした笑いが、僕にとっては現実の姿と重なりあって、人間関係に悩み続ける僕の心に、触れてくるのだと思います。

エンターテイメント性と考えさせられる面のバランスがとれた小説

この小説は、主人公の視点で描かれているけど、重たくなりすぎないのがとてもいい。前半からは予想もできないような後半のストーリー展開に、少々面食らうと思います。若干のバイオレンス描写もあるので…。

ですが、最終的には光を感じられるラストになっていますので、いま精神的に落ち込んでいる人にもおすすめできる本だと思います。

落ち込んでいるときは意外と時間が余るんですよね…

いざ休むと、どう休みを過ごしていいのかわからなくなる。

とにかく、あきらかに暗いものは見たくないし、かといって底抜けに明るいものなんて虚しくなるだけ。

そんな時間つぶしにでも、『スメル男』をパラパラとめくってみてください。