深沢真太郎『そもそも「論理的に考える」って何から始めればいいの?』私はADHDなのかな?と頭の病気を疑っている人におすすめするロジックに考えるための入門書

あなたは考えたことはないだろうか。

自分が何に悩んでいるのかわからない、と。

わからない、ということは認識できているのに、そのわからない部分を、状況を、説明してくれと言われると、言語化できない、あるいはどうしてよいかわからない、と思ったことが。

 

それもそのはず。

これまでの日本の教育の中には、論理的思考力、いわゆる自分でものを考えて判断を下す能力を養うための授業というのが組み込まれていなかったのだから。

 

理系の学校を進学先に選んだ人たちからすれば、「こんなの、当たり前でしょ」「考えるって、こういうことでしょ?」「なにをいまさら」と、きょとんとされるかもしれない。

だが、世の中では、この考え方(ロジカルシンキング)そのものを知らずに「考えている」人が大半だと思うのだ。

 

私はプログラマーのはしくれである仕事柄、常にトライ&エラーの繰り返しである。

業務中にググるということは日常茶飯事だし、わからないことは次から次へと生まれてくる。

そのたびにある不安が頭をもたげる。

「さて、なんて調べようか。。」

自分がいまわからない問題、について解決するためには、なんという言葉で調べることが最適なのか。

思いつく限りの言葉で、調べてみるも、なかなか検索にヒットしない。

 

悶々としている間にも刻刻と時間は進む。

仕事である以上、スピード感は大切なので、自分で5分調べてわからないことは先輩に聞くのが一番。

ーということで、わからないことをわからないなりに、見切り発車で説明してみるも、汗をかきかき、必死に話し終えて「ふう」と一息をつき、ふと顔をあげると、そこには渋いツラを浮かべた先輩の顔…。

「なにを聞きたいのかわからない」と言いたげな表情であることは、瞬時に察知できた。

ある先輩には「言ってる意味がわからないんですけど」と嘲笑ともつかぬ感じで返されたときには、絶望的な気持ちになった。

 

周りは、なんなくその場で解決して、先へ先へと進んでいくのに、なぜこうも私は「解」にたどり着くのが下手なのか、というか、解にたどり着けないのだろうか。

人に相談しても、「え?なにいってんの?」「○○くん、おかし~」と、不思議ちゃんキャラで片付けられる始末。

「こちとら真剣に悩んどるんじゃぼけええ!!」と内心叫びだしそうになるのを必死にこらえ、「あると思うんすけどね~…」と、苦笑いをしていた。

そもそも、こんなことを思い悩む自分は、どこか頭がおかしくて、そういった病気なのかもしれない、と「考えられない 病気」「わからないことがわからない」などと検索したこともある。

一時期、検索しすぎたせいか、「ADHDではないですか?」という広告が目の前に立ち現れたときには、おもわず「おれの気持ちがうぬにわかるものかっ!!!」と、スマホを真っ二つにへし折ったこともあった。(ない)

 

何度、この仕事は自分には向いていないのだろう…と、思い悩んだか知れない。

いまでこそ、本屋のビジネス書おすすめコーナーに行けば、腐るほどロジカルシンキングについて書かれた本がある。

だが、私が悩んでいた当時は、まだブームになる前であった。

「ロジカルシンキング」この言葉に到達するために、とても長い歳月がかかった。

おもえば、学生を卒業して社会人になった頃から、この「問いをうまくたてられない」ということについて思い悩んでいた節があったかもしれない。

 

そんなわけで、ロジカルシンキングという言葉にたどり着き、関連本を数冊読んで、読みやすかった本をもう一度じっくり読み直したりしているうちに、おぼろげながら、「わからないことについて考えるときのアプローチするための方法」、は身に付けたつもりである。

 

その中の一冊で、過去の私と同じ悩みを持った人の入り口にしてもらいたいのが、こちらの『そもそも「論理的に考える」って何から始めればいいの?』である。

 

本書は、「ビジネス数学」の第一人者ともいわれる深沢真太郎氏が書いたもので、これまで、ビジネス数学を教える講師として、大企業や各大学の講演に引っ張りだこの人物なのである。

その肩書に偽りはなく、本書は本当に「わかりやすい」。

頭がいい人が必ずしも、「頭のよろしくない人」に教えるのが上手いということにはならないのは、想像に難くないだろう。

だが、この人は本当に教え方が上手い。

さらに本書は、ストーリー仕立てになっており、OLのサオリ(文系)と、理系院生のユウトとの対話形式で話が進んでいくので、あまり肩ひじ張らずに漫画を読む感覚で手に取っていただけると幸いである。

本のなかには、いくつかの問題が登場するが、一問も解けないからといって、落ち込む必要はない。

間違うこと、そしてそれをなぜ間違えたのか、を身をもって体験し、そこから学習することこそが、大事な過程なのだから。(と、全問解けずに地団駄踏んだ私からのアドバイスである)

 

昨今では、ADHDという言葉が世に広く知られ、それを名乗る人も増えた。

もちろん、病気の人がいるのは事実だし、それらについて言及できるほど、病気について詳しくもない。

ただ、自分のように、脳の病気を疑う前に、「ロジックな考え方」について学んでみることで、問題が解決するパターンもあるかもしれないと思うのだ。

実は単に「考え方」を知らなかっただけ、というケースもあるような気がする。