『すごい恋愛ホルモン』を読んだ翌日に知らない人から告白されたその後の話

以前書いた記事にあるように、僕はある日コンビニで一目惚れをされた。

…「一目惚れをされた」という表現は、日本語として正しいのだろうか。

それくらい馴染みのない言葉だということだ。

大嶋信頼 新刊 『すごい恋愛ホルモン』を男の僕が読んだら翌日コンビニで知らない人から連絡先聞かれた

その後、彼女とは二回ほど会って話したわけだが、

少し振り返ってみたい。

最初に会って話したときは、

天秤でいえば、完全に一方に偏りが生じている状態であって、

お互いが冷静ではいられなかったと思う。

彼女曰く、「行動しないのはやめた」というその言葉どおり、

猛アタックを受けた。

会う前に聞いていた好きな映画の話もほどほどに、

その日は僕自身のことをたくさんしゃべった気がする。

付き合うということ、人を好きになるということから久しく遠ざかっている自分には

「よくわからない」と断ることしかできなかった。

それでも友達として会ってほしいと言ってくれたので、僕はうれしかった。

話はそれからだ。

二度目に会ったのは週末金曜の夜。

週末金曜の夜に人と会う。

このシチュエーション自体が、いったい何年ぶりのことかと思い知らされた。

僕には文字通り友達がいない。

ラインに登録されているのは、職場の人間や、マッチングアプリで知り合った数人の女の子のみ。

それらもいかがわしいものではなく、お互いが半ば真剣に恋人を見つける目的で出会い、

何度か会話を交わした仲だ。

しかしそれらも、いつしか疎遠になっていった。

学生時代のつながりは、自分からすべて絶ってしまった。

仮に元に戻せるチャンスがいまあったとしても、修復したいとは思わない。

たいしたつながりだとも思ってなかったようだ。

まあそんなわけで、週末金曜人に会うのでこんなにワクワクするのは何年振りだろうと、

懐かしい気持ちを思い出しつつ、そんな自分の心に驚いてもいた。

二回目に会った彼女はとてもリラックスしていた。

会話がとても面白く、弾んだ。

毒を汲み取ってくれる会話の楽しさ。

こんなのは映画や小説のなかで見たものだった。

そして彼女の口から語られる、ほかでは聞けないような体験談の数々…。

生身の人間と、それも会ってまだ二回目の人とこんなディープな会話をしているなんて

想像もできなかった。

「この間知り合ったのに、私たちすごくない?」

ほんとうに不思議なものだ。

それもこれも、彼女が勇気を出して声をかけてくれたからなのだ。

会話が楽しいと思ったのは本当に久々だった。

それもここまで素でしゃべったのは。

人が仕事を頑張れる理由って、これがあるからなんじゃないのかと、そのとき痛感した。

「自分のために生きてない」

「自分が楽しいと思うことってなんだっけ」

人が「死にたい」と思うとき、

それは本当は「こんなクソみたいな上司と職場なんかとオサラバして、とりあえず家に引きこもって三日三晩寝たい!」

という叫びなのではないかと考えた。

そんな状況は「願うだけ無駄」という意識が働くから、

あらゆる自分の本音を排除して、「死にたい」という建前に変換されるのかもしれない。

それと同じで、

僕の「人と深く関わりたくない」という気持ちは、

「僕みたいな人間の話すことなんか、ほとんどの人はわかってくれないし、

いたとしても、出会えない。深い人間関係なんて、望めない。」という絶望があるからかもしれないと思った。

「人間と聞いてどんなイメージが浮かぶ?」といわれても、

僕には意味がよくわからなかった。

普通の人は「人間」と聞けば、人間のシルエットなり像がイメージできるものらしいが、(これいまだに疑問なんだけど、人間って聞いて人間イメージできる人いるの??)

自分が必死に人間を思い浮かべようとしても、ただそこには暗闇があるだけだった。

そんな自分が、人に興味を持って、純粋な好奇心から話を聞く、というのを本当に久々に体験した。

いまにして思えば、彼女には余裕すら感じられた。

異性としての魅力も感じられた。

初回に会ったときには感じられなかったものだ。

「あのときは言い出せなかったけど」

「勘違いさせるといけないから、早めに言っとくね」

「わたし、彼氏できたw」

どうやら僕へのアタックが不発に終わったその1週間後、

別のターゲットに命中したらしい。

僕は傷ついてはいない。

ただ可笑しくて可笑しくて、腹を抱えて笑った。

詳しいことはまだ聞いていない。

また会う約束をしている。話のネタとしてそのときに聞こうと思っている。

彼女でさえ、これほど積極的に行動しだしたのはここ2~3年の話だという。

人って変われるんだ、という言葉の権化みたいな人に出会えたおかげで、

何かが動き出したような予感がある。