堤未果『社会の真実の見つけかた』客観的事実を知り、スタートラインに立つことの大切さ。情報に踊らされないために私たちが知っておくべき戦争の作り方

今回読んだ本は堤未果さんの『社会の真実の見つけかた』。

堤未果さんといえば、その名を聞いたことがあるかもしれない。

近年出版された『政府は必ず嘘をつく』『日本が売られる』といった本はベストセラーにもなっており、店頭で見かけることも多い。

今回紹介するのは、そんな堤さんが2010年に書き上げた本だ。

本書は2011年2月に岩波ジュニア新書から出版されており、今から約8年前のことになる。

たった8年なのか、それとももう8年なのか。

これだけテクノロジーが発達し、情報というものの鮮度はより一層真新しさを求められている時代に、8年前の情報は古いと思われるだろうか。

だが、どんなに時間、時代を経ても色褪せるどころか、輝きを増す書物というものは確実に存在する。

そこには普遍的な考え方や、人間がどうしても陥ってしまう因習というものを客観的に見つめ直し、戒める機会を与えてくれる要素を持った特別な力が備わっているからではないだろうか。

今回読んだ本は、そんな一冊の仲間入りを果たす本ではないかと思う。

私にとってはそれだけの、静かではあるけれど、インパクトをもたらした読書体験となった。

内容

本書は二十一世紀前後のアメリカ社会の「戦争・対テロ戦争」に焦点を当て、それを取り巻く事象を、当事者のインタビューを交えながら解説していく。

社会の真実の見つけかた』というタイトルからもわかるように、この社会においてなにが真実でなにがそうでないのかを見分ける能力を養うために大切なことを示唆してくれている。

社会の真偽を見分ける能力というのは、我々個々の人間が人生を生きていく上でとても大切な、自らの頭で考え、他者からのコントロールを逃れるために必要不可欠な能力であると思う。

それは決して学校では教えてくれないし、親から知ることも多くの場合ない。

そういった話はタブー視され、下手をすれば「頭がおかしい人」というレッテルさえ貼られかねない。

だが、この地球上で起きているたったいくつかの出来事に目を向ければ、それが妄言でもなんでもないことがすぐにわかる。

国旗にくるまれたラブリーブラザー

私たちがアメリカという国をイメージするとき、強くて、派手で、世界を代表する国家アメリカを想像する人は少なくないのではないだろうか。

しかし、アメリカ社会も世の情勢の御多分に漏れず、富の一極集中、貧富の二極化、多くの国民は貧困に悩まされている。

 

戦争がビジネス、お金儲けの道具になるということは、中学生でもなんとなく知っていることだと思う。(戦争特需って言葉を習うから)

だが、大人になると、その事実は葬り去られる。

とくに日本の多くの大人たちにとって、戦争は実感も実体もないものだから。

もちろん二十代後半の私にだってその実感があるかというと、当然ない。

いまだに戦争はどこか遠い国のぼんやりした出来事で、自分には死ぬまで関係がないことだろうと、いまだにそんな流暢なことを心の片隅では考えている自分がいる。

でも、確実に今この瞬間にも、戦争によって消えていく命がある。それは紛れもない事実なのだ。

大企業とメディアと政府、横のつながり

公立の教育機関の予算を削ることで、教育に市場原理を持ち込み、貧困を加速させる。

ローンを組まされた学生たちは、卒業するころには就職難といわれ、就職できたとしても稼ぎはたかが知れている。

それでも返済は待ってくれない。利子も嵩んでいく。

そうして選択肢がなくなった学生たちに、魅力的な金額や待遇を提示して救いの手を差し伸べるフリをして軍隊へと誘導する。

そして従軍した彼らは二度と立ち直れないほどの肉体的精神的苦痛を抱えて帰国することになる。

これは、アメリカにおける戦争ビジネスのひとつの例だ。

こうした戦争ビジネスの構図を、本書では順を追ってわかりやすく解説している。

何か事件が起こった時、過ちを犯した犯人を責めることは簡単だ。

だが原因に目を向けない限り、同じようなことは何度でも繰り返されるだろう。

目を向けるべきは、その悲劇を作り出した背景と構造なのだ。

この戦争によって、ある業界や一部の人間の懐は潤うことになる。

 

どこのディストピア小説だ?と思われただろうか。

これらは二十一世紀におけるアメリカ社会の現実で起きていたことだ。

2001年の同時多発テロを皮切りに、国民の愛国心を煽り立て「対テロ戦争」という大義名分のもと、両軍にたくさんの死者を出した。

軍人だけではない。多くの民間人を巻き込んで無差別殺人の限りを尽くした。

結局、「大量破壊兵器」なんて、どこにもなかった。

でもどうして、自由を守るために命までかけている僕たちが、こんなに選択肢がなくなってしまったんだろう?

僕たちはいったい、本当は何と戦わされているんだろう?

―青年帰還兵の言葉

情報に踊らされないために

私は、なにもアメリカを悪だと言いたいわけじゃない。

それは本書とて、同じだと思う。

当事者の声を聞くと、ニュースは記号のような情報ではなく一人の人間を通したものになる。

それは受け手である私たちに「自分だったらどうだろう?」と考えるチャンスを与えてくれるのだ。

私たちが敵だと認識している相手は、本当に私たちのことを知っているのだろうか。その逆もまた然り。

私たちが憎んでいる相手は、本当に憎むべき相手なのだろうか。

言葉さえ交わしたことのない相手と、なにが分かり合えるというのだろう。

政治家はいう、「話し合いは上手くいかなかった」と。

それは本当に、相手に寄り添う態度で臨んだものだったのだろうか。

そこには、経済や国家間の利害というものが絡んでいなかっただろうか。

「利害が絡むのは当たり前だ!お前は子供か」という人もいるだろう。

人の命を軽んじてまで成長させる経済、発展するテクノロジー、得られる金とは一体なんなんだろうか。

 

 

私がずっと吐き出したかったことのひとつが、この本をきっかけにして言葉となった。

「真実を知りたいと思っている潜在的ニーズを持った人は、意外に多いのではないだろうか」という話を、先日友人とした。

それは、youtube大学で動画をアップし続けているオリエンタルラジオのあっちゃんこと中田敦彦さんの講義動画が爆発的な人気を誇っていることからも窺い知れる、と。(彼は日本史や世界史、現代史などの講義動画を中心にアップしており、日本人最速でチャンネル登録者数記録を更新した)

ただその学ぶ術がわからないだけで。事実を知りたがっている人は、数多くいるのではないかと。

まずは脚色のされていない事実を知る。

すべてはそこからだと思う。