平川克美『「消費」をやめる 銭湯経済のすすめ』経済至上主義への違和感 「安さ」の裏に隠された私たちの労働と生活の破壊

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こちらの本で紹介されていた本のなかでも、一番気になっていた本が『「消費」をやめる 銭湯経済のすすめ』だ。

社会人のほとんどすべての人が、いや、資本主義社会で生きる人間のほとんど多くの人が、「お金を稼ぐこと」に必死になっている。

もちろん不景気な世の中、仕事は増えるのに給料は増えない、という悪循環が人々をそうした気持ちに駆りたてるのであろうが、経済至上主義というか、経済は成長させることが「当たり前のこと」「それが大前提」として世の中に受け入れられていること自体に、私はずっと違和感を覚えてきた。

 

「なにを馬鹿なこと言ってるんだ、こいつは?」と思う人のほうが多いだろう。

「どうせ仕事ができないやつの泣き言だろう」と。

まあ、否定はしない。実際ずっとフリーター(投げられた仕事をこなすだけの)で実家暮らしだし独身だし、自分の身の心配さえしていればいい。そうして生きてこられたのもお金に困るという経験をまだしたことがないからだろう。

一応その部分に関しては別の問題としてそれは考慮しなくてはならないと思う。

しかし本書が言及しているのは、先ほど述べたような、「経済成長なくしては、未来はない」といった強迫観念にも似た風潮に対してだ。

一度立ち止まって、過去の歴史を振り返って、考えてみてはどうだろうか、と提言する。

 

amazonレビューの平均は星三つとなっているが、星一つをつけている者の意見は、無視していい。

一人はまったく的を得ていないし、一人はこの本を読んでそのような感想を抱くというのは、おそらくもともとこうした少し抽象的な、文学的な思想がお気に召さない人間なのだろう。

 

本当に週末は街を歩けば、たくさんの買い物袋をぶらさげた消費者で溢れかえっている。

個人個人の人生を批難するつもりはないのだが、あなたのその行動が、なにを生み出し、なにを奪っているのか、ということについて考えることは、いちおう知的生命体として生まれてきたからには考えてもいいのではないだろうかと思うわけだ。

というよりも、「消費するための労働」という世の中の息苦しさが、受け取りやすい体質である私に伝わってきてしんどいのだ。

通勤ラッシュ時の、時計ばかり気にしながら素早く行進する労働者の群れ、皆一様に憑りつかれたような目つきでスマホにかじりつく帰宅者の群れ、金曜夜の苦しい日々をなかったことにしようとする爛々とした目つき。土日の弛緩した空気。

あの落差はなんなのかと。

 

昨今のお金の稼ぎ方というのは、多分に「詐欺的商法」が多くはないだろうか。

私にはそれが解せぬ。

不安を煽ったり、渇きを煽ったり、他者からの視線を強調したり。

なぜ、こんな詐欺広告がまかり通るのか。

なぜ消費者はいとも簡単に騙されてしまうのか。

 

そしてそんなあくどい稼ぎ方が上手い連中ほど、富を得ている。

もちろん、頭の良し悪しもあろう。私はクソ真面目で馬鹿なので、そもそもお金を稼ぐ能力がない。

だが仮にそんな能力があったとしても、「詐欺まがい」のことをしてまで金を稼ぎたいとは思わない。

あからさまに誰かの血を金に換えて、自分の空腹を満たす生活を送るなど、私には真似できない。

 

とはいえ、この社会の一員として生きているということは、見知らぬ誰かを大なり小なり踏んづけて生きているということも知っている。

生活必需品を買うにしても、食事をするにしても。

貧しい人間を虐げることで、この生活は成り立っている。

 

実際に、本書を読む前から、同じ商品がなぜ小売店と大型店では価格に違いがあるのかは知っていた。

なるべく、大型店ではなく、顔の見える相手に、直接お金を渡したい、そういう思いから、最近はチェーン店を避けるよう心掛けているのだが、それであっても、都市部で暮らすということは、なかなか意思を持っていてさえ、難しいことを痛感させられる。

とくに今月は金欠で、そうなると致し方なく「安さ」を選んでしまう。

そうなると結局、アノニマスな消費者と変わらない。

 

とはいえ簡単に答えなど出ない問題だ。

「地域経済」「地元」「商店街」などの言葉にピンとくるものがあれば、本書はそうしたものを考えるヒントになるだろう。

 

コロナ禍でわかった、地域経済のありがたみ。

贔屓にしているお店が、コロナ終息後になくなったりしていないように。

いまできることは、継続して微力でも支援を続けていくことだ。

 

 

経済成長はもはや、頭打ちなのだ。

安さを追求することは、ゆくゆくは自分たちの社会を、生活を破壊する行為につながっている。

 

 


 

 

本書で述べられている内容は、こんなに悲観的でもなければ、偏ってもいない。

むしろ、筆者の人柄が表れている。経営者としても一度成功しているので、その経験がいい具合にミックスされ、バランスのとれた透徹した視点から社会を洞察している。

もちろん、昨今の「個人の自由」が叫ばれているなか、この筆者の主張を読むと、眉をひそめたくなる人も大勢いることと思われる。

最初は私も「ん」と思ったのだが、あながちそれも間違いではないというか、「一理あるな」と思わされた。

「良い」「悪い」で判断できないところが、社会のシステムと、それを築いている人間の複雑さにもつながっている。

だが、その「良い」ものを押し付けるシステム、提示されるがままに受け取ってしまうことに対しては、一度考え直してみる必要があると説く。

 

私はアンチグローバリズムなので、このような紹介の仕方になってしまったが、経済成長至上主義に疑問を感じている人にとっては、単に憤るだけでなく、とてもいい見識が得られる良書となっている。

ぜひ、図書館、もしくはお近くの書店で実際に手に取って、ご覧ください。