山里亮太『天才はあきらめた』ある天才の悩みと努力とクズっぷりが描かれた自伝的エッセイを読んだ感想

僕は普段、ほとんどテレビを見ない人間だ。なので毎年、年末の特番なんかで今年流行った芸人などを知る。

そんな僕でも、赤いフレームのおかっぱ頭の独特な声の持ち主のことは、少し知っていた。(ただyamazatoではなくyamasatoであったということは今回はじめて知った)

僕の中で山里氏は、お笑い芸人というよりも、バラエティ番組の進行役のイメージが強い。

出演者の個性をうまく引き出しながら、黒子になる。かといって適度な毒も忘れない。

番組を取り仕切るのが上手い人だな、と素人ながらに思っていた。

 

今回の『天才はあきらめた』を読んで、それがよくわかった。

彼は努力の鬼だ。

天才に憧れて、「天才ならこうするよね」と天才ポーズをとりながら、天才に少しでも近づこうとする、努力の鬼だ。

 

彼の原動力は、その怒りや劣等感から生まれる負のエネルギーにある。

人から言われた悪口や仕打ちの数々を、怨念ノートに書き殴る。いつか見返してやるからな、と。

しかも、そこで一度吐き出されれば、あとはもうその怒りについては考えない。

それからはただひたすら、努力するのみ。

そうやって負の感情を無理やり正のエネルギーに転換し、いやがおうでも行動力を引き出すという強引な技が彼のやり方だ。

妬んだり怒ったりうじうじ悩むだけの時間は無駄で、それを努力する時間に宛てれば、

悩まないで済むし、成長するための時間にもなり、二倍お得というわけだ。

 

そして、褒められた言葉や大切な人からの有難い言葉は、「はりぼての自信」に貯金していく。

ない自信は、そこから引き出して使うという。

 

正直、彼のストイックすぎる姿勢は、読んでいるだけでこちらの肩が凝ってくる。

そんなわけだから、自分にも相手にもストイックさを求めてしまい、これまで組んできた相方たちへの当たりも相当強かったようだ。

天才としてなかなかのクズっぷりも発揮している。

 


 

それにしても、お笑いの世界というのはとてもシビアだなー。(お笑いに限った話ではないだろうけど)

良かったら持ち上げられ、悪ければとことん叩かれる。

その加害の多くは「見る側」なんだけど。

「こっちは金払ってるんだから」という論もあるが、それはそれとして。

なにか自分のオリジナルのものを創作した経験がない人にはわからないのかもしれないなと。

生みの苦しみを知ってれば、人格や存在を否定するような、そこまでひどい言葉は出ないように思う。

だから、みんな何か作ればいいのにと思う。

ラインスタンプでもなんでもいい。ためしにアイデアを出すという作業をしてみるといい。

ま、世の常か。

 

P.S.

最後の解説にある若林…。

彼のとある一文が、この本における最大の笑いをかっさらってしまった。笑

笑いで主役を奪ってどうする!

久々に活字追うだけで声出して笑ったわ。

 

まあとても愛のある文章で、とても仲がいいんだなあと思わされるのであった。