遺言

私は社会的に死んだ。死んでしまった。

いや、私はもう現実的な死すら受け入れはじめている。

 

溜まっていた。ただそれを解消する術を求めていただけなのに。だけなのに。

 


 

連敗が続いていた。数々の恋愛指南書を読み漁り、「インプットだけでは駄目だ」とビジネス書にもあるように、たくさんの実戦を重ねた。

「大変じゃない?」

「それはつらかったね…」

言葉だけじゃない。行動で示すレディーファーストだって忘れなかった。

 

状況は悪くないと思った。女性もまんざらでもなさそうだと思った。それなのに。

何がいけなかったのだろう。女性はことごとく、理由も告げずに私の前から姿を消した。

 

リアルでダメならばと、某出会い系サイトを利用して誠実なプロフィールを作成し、恋人を求めていた。異性の手をただ握りたかった。人の温もりが欲しかった。

なりふり構わず。自分で言うのもなんだが、真面目だけが取り柄の男だ。他には何もない。丸腰だった。

いわゆるサクラにも二度騙された。詳しく書きたくもない。30を迎える男が、ビジネスでは騙されないはずの男が。恋愛経験が乏しいばかりに、コロリと騙された。一度目は電話番号を。二度目はクレジットカードの情報を入力しようとしたすんでのところで我に返った。

あの日は今でも忘れない。酒を浴びるように呑んだ。悔しくて情けなくて。翌日仕事だということも考えず、酔いつぶれた。当然、翌日仕事は休んだ。

 

もう、誰でもよかった。

とにかく癒しが欲しかった。

私は仕事で疲れ切っていた。

 

「3でどうですか?ホは別で」

 

私は即決した。

 

もうなんでもよかった、金の上に成立する愛であろうと、かまわなかった。

 

寂しさと惨めさの埋め合わせに、たかだか三万で済むのなら、安いものだと。

 

「それなら風俗があるではないか」という声が聞こえてくるが、肥大した自尊心と恐怖心からそんなシステムを利用することなど到底できず、こうして素人の女性と出会うことで、そのどちらをも見ずに済むと考えていたのだ。

 

「じゃあ今夜、××時に○○駅でー」

 

「身バレしたくないので、直行で」

 

彼女は手際よく段取りを組む

 

とんとん拍子で事は運んだ。

 

 

 

ー待ちました?

 

い、いいえ、ま、待ちました。

 

ごめんねー、すぐ気づかなくて

 

い、いいよ、待ったけど、待ってないし。

 

そ、じゃあ、行こっか

 

ー初対面だぞ、我々は

 

そのフランクな口の利き方はなんだ。

 

話を聞けば、こうして男の人と会うのは二回目だという

 

きっと彼女の口からは、ずっと二回目がカウントされ続けているのだろう

 

その熟練した身のこなし、隙のなさ

 

何号室にする?どこでもいいね♪

 

どうみてもラブホ常習者か、もしくはここの従業員か、あるいはここの清掃員であるに違いない流れるようなチェックインに、私は呆然としていた。

 

部屋へ入っても、なにか仕事をしに来たような気分になっている私をよそに、彼女は金銭の話を始めた。

 

ねえねえ、エッチがんばるからさ、プラスワンちょーだい♡せーかつ費に困っててさ

 

 

こういう展開になることはなんとなく予想していた、むしろ私は一番最初、逆に適度に値切るつもりでいた。

 

私はほいほいと金をやる男じゃないぞ、と。私は一筋縄ではいかん男だぞ、と。

 

きたか、と思い、臨戦態勢に入る私の心理とは裏腹に、

 

うーん、持ち合わせが、、

 

残り八枚しかない、、(本当は十ある)

 

精神面の底のほうには、男らしさの水源があるのだが、湧き上がってくることはなく

 

じゃあとりあえずそれで、のこりはあとで下ろしてちょーだい

 

人に嫌われたくない私はミエミエの見栄をミエちゃん(仮名)に張り、

 

あっ、十枚あった

 

さんきゅ

 

ふと彼女を見るとパンツがない

 

いつの間に脱いだのだろう

 

五秒かからなかった

 

彼女はすっぽんぽん

 

これが、ビッチという生き物なのか、

 

私は内心、ぷるぷると震えていた。

 

おれは…おれは……演技でもいいからおなごが恥じらう姿を見たかったのだ!

 

いまおれが払った料金には、その前戯代が含まれていたんだぞ!

 

ああ、これでは最初からムードもクソもあったもんじゃない!

 

着ろ!もう一度服を着たまえ!はじめからやり直しだ!

 

どこかで遠い声がしたような気がした

 

気のせいだった

 

私のち▲ち▲に石鹸を塗りたくり、そこだけを入念に洗う彼女のつむじが見える

 

彼女はいまなにを考えているだろう

 

えらい入念に洗うね…

 

すでに言語野と口が直結しているため、脳をだだ漏らすか、だだ漏らさないかの二沢しかなくなっている私の口は、そのように動いた。

 

ぼんやりした意識のなか、彼女のひきつって苦笑する口元だけがはっきりと見えた

 

そこでふと、私はようやく彼女の心の動きに人間らしさを感じた

 

だが、あのとき、あれから、なにがいけなかったのだろうか

 

自分の言葉をフィルターを通さずに発言したことで、すこし肩の荷がおりたような気持ちになり、余裕すら見えはじめていた

 

はずだったのに

 

なにかに思い至ったことで、その考えを全力で全否定しようと思ったときに、それは起こった

 

突然全身に悪寒が走り、体が硬直し、震えが止まらなくなってしまった。

 

これを悟られてはいけない、

裸の痩せぎすで無口な男が行為を目前にして、突然震え出す。

はたから見たらとんでもなくおぞましい光景だ!

 

そう考えるせいで、余計に身体は緊張感を増し、とうとう立っていられなくなった。

 

どうしたの

 

おびえとおどろきのいりまじった声がする

 

私は必死に呼吸を整え、大丈夫だと彼女に伝えつつ自分へと言い聞かせる

 

暗くしてもらえる?

 

そんなんこわいしっ

 

だよね笑

 

そんな会話をしているうちに呼吸が落ち着いてきて、ようやく頭をあげると彼女はおびえながらも多少心配の色も浮かべてくれていたようだった。

 

こんなのいつもなるの?

 

いや、はじめてだよ、自分でもよくわかんないーはは

 

それは事実だった。こんなふうに呼吸が乱れ、身体が震えたことなど、一度もない。

 

そもそも震える人など、映画のなかでしか見たことがなかった。

 

まさか私が

 

 

 

私はただ抱きしめたかったし、抱きしめてほしかった

 

彼女の中で果てたあとでいうのもたいへんおかしな話だが

 

あっけなく

 

それは唐突に断られた

 

あ、キスはなしね

 

わかっていたことだ、彼女と出会った瞬間から

 

私は千里眼をもった仙人のような心持で

 

彼女の言動のそのほとんどを予測できていた。

 

ならばただ抱きしめてくれ、と言ったところで

彼女の腕に力が入るわけもなく、

 

ただお金のためだという、腹を決めたときの女性の強さを、私は眼前で見届けただけだった。

 

ーほしかったものは、手に入らず、現金も失った。

 

私はすでにひとりの世界へずぶずふと浸かっていた。

 

彼女がなにを言おうと

 

私の耳にも心にも届いていなかった。

 

帰ろう

 

そんな状態だし、早く帰ったほうがいいよ

 

いまの私には、彼女にとって最大限の防御にしか聞こえない台詞を機に

 

我々は部屋をでた

 

それ以降は口もきかずに別れた

 

彼女は最後にこちらをうかがっていたきがする、

 

私はこんなことになってしまって謝罪する余裕も気力もなくなっていた、とにかくはやくこの場を離れたい。

 

逃げるようにして、その場を去った。

 

 

 

ー詫びを入れなければ。

 

しばらくして冷静になった私は、すぐさまそう思った。

 

 

彼女はたしかに希望通りにしてはくれなかったし、結局お金に見合うことはしてくれなかった。

 

たしかにそうかもしれない、だがしかし、あのような失態を晒してなお、お金のためとはいえ果てるまでは付き合ってくれたのだから、謝るべきではないかと。

謝罪と、自分は一般的な世の男性と変わらないごく普通の男です、しかしまあもう今後いっさい連絡もとらないので安心してください。と、彼女のしこりを取り除いてあげるべきだと思い立ったのだ。

 

思い立ったが吉日ー。

 

私はすぐさま行動にでた。

 

さっきはごめんね、自分でもびっくりだよ

 

怖い思いさせてごめんね

 

もう今後いっさい連絡しないから安心して

 

送信っと。

 

 

私はすこしだけほっとし、季節も涼しくなってきた夜風に吹かれて、いい気持ちになってきた

 

帰りの電車で少し眠った

 

 

 

ブーッ

 

 

返事がくるとは思っていなかった。

 

ただ自分の中で心残りだったから

 

自分を慰める気持ち半分で返事はないものとして送ったのだ

 

彼女もいいとこあるな…

 

出会ったときにはあまり感じられなかった人間味を彼女の中に見つけつつ

 

スマホの画面をひらく

 

 

まじきもいしね

 

あんたが演技で震えてたとき写メったから拡散してやる

 

これは報いよ

 

張られていたリンク先は某掲示板であった

 

「私は変質者ではない」

 

フルチンがいくら女性の前であなたを襲うつもりはない、と口吻をとばして弁解したところで、その屹立したエメラルドマウンテンがすべてを台無しにしてくれる。

 

彼女の口から報いという言葉がでたことにもおったまげたが、それよりも私はなんて惨めで不幸な人間なのだろうと思うと同時に、人間というのはつくづくわからない生き物だと思い知らされた。

 

私はあの日以来、外に出ていない。家から一歩外にでると呼吸がうまくできず、震えが止まらないのだ。

家族はない、頼れる友人もいない、貯金はもうすぐ底を突く。

便利な時代になった。

 

私はそのどちらも享受して、死ぬことになる。

 


※このストーリーはフィクションです。