大嶋信頼『「自分を苦しめる嫌なこと」から、うまく逃げる方法』母親から生まれてきた人におすすめ!今回は呪文多めの本でした

最近の新刊は玄人好みというか、嫉妬の発作を前提として受け入れている人でないと、少々読み進めるのが困難なのではないだろうかと懸念してしまう。

もちろん、大嶋本をある程度読破し、メソッドを抵抗もなく受け入れられる人にとっては、とても役立ちそうなものに溢れているのだが。

つまりあれだ、ポケモンでたとえるならば、マサラタウンから始まった主人公に、いきなりレベル50のポケモンを渡すようなものだ。

もちろん最初に出会う敵のポケモンはレベル3、強くてせいぜい15くらいのものだから、やられることはないのだが、トレーナー自身の言うことを高確率で訊かない、という問題点がある。そんな感じ。

 

大嶋本がたくさん出るのは喜ばしいことだが、初心者さんは手に取る本を間違えないようにしてもらいたい。

まあ、なにが合うかは人それぞれな感じがあるので、一概にこれとは言えないが。

そこは結局個々人の無意識さんに任せておけばいいのか。

というわけで、ここまで書いてきた400文字は意味のない文章となってしまった。「無」意味。

よいではないかよいではないか。

意味など求めなくとも。

 


 

本書の内容、「どういう人を対象に書かれてあるか」を自分なりに要約すると、「母親から生まれた人」である。

いまこのタイミングで、母親がノックして顔を覗かせた。「昼飯はなにか食べたのか」と。なにかここに意味はあるのだろうか。

話を戻そう。「母親から生まれた人」に読んでもらいたい本。それはつまりどういうことかというと、人間全員である。というのはあまりにも冷たい解説になってしまうので、本の中身からその対象を抜粋してみると、「SNS地獄から抜け出せない人」「上司との関係性に悩んでいる人」「ママ友関係の悩み」「恋愛がいつも依存的な人」「なぜかいつも疎外感を覚える人」「引きこもり生活が長引いている人」「母親との関係に悩んでいる人」であろうか。

 

これまで自分が読んできた本に出てくる発作シリーズをまとめると、発作には「嫉妬の発作」「万能感の発作」これに加えて今回の「孤独の発作」があるようだ。

そして、すべての発作に共通するのは、自分や相手に発作が起こったとき、「自分で止めようとしない(なんとかしようとしない)」ことのようだ。

じゃあどうすりゃいいのよ!?ってな話であるが、「ただ認識する。そこにある現象を認める」だけでいいのだ。

本書の言葉でいえば「私は○○の孤独の発作を認めます」と胸の内で唱えること。

それだけで自然と発作は収まっていく。

 

今回は「お、けっこうロジカル寄りな本だなあ」と思っていたら、中盤以降けっこう新しい呪文がバンバン出てきて笑った。

個人的に唱えたほうがいいかもと思ったのは「今を献上する」「本当の自分」「本当に自分は演じないとダメなの?」「母親の不安」かなー。

 

でも、むしろずっと母親をおれはいじめてきたような気がするんだよなー。いまも。

そんなんで母親のせいです。なんて都合よく思えない。といいつつ、9割「やっぱおれのせいじゃねえ」って思ってるんだけど。(なんてクソ野郎か)

愛情をもらえなかった、のだろうか。むしろ俺の場合、暑苦しいほど愛情をもらったような気がする、束縛という名の、過保護という名の。

だけどそれは真の愛情ではないのかな?わからない。

 

これだけ実家でぐうたらできて、口うるさく言うひともいないってのに、贅沢病だよなーただの。

 

だんだん自分が大嶋メソッドに当てはまる人間ではないような気がしてきた。

被害者ヅラできる体のいい隠れ蓑として使っていただけなんじゃないか、って。

って、ごめんなさいね。本書自体はすごくいいんだけど、自分が最近感じてることと混ざり合うと、こういう言葉が出てきただけで。

 

あいかわらず心に聞いても「そんなこともない」とか「そうかもしれない」とか的を得ないことばかりいいうし。これ結局おれがでっち上げてるだけなんじゃないか、って。

そう考えると馬鹿だよね。一人で演技してやんの。あーあ、なんのために本読んだんだよ。また自責してさ、なんの成長もない。一人で死ねばいいんだよ。おれは。

 

てことで、おすすめの本でーす

 

 

あ、でも、「美しいか美しくないか」を基準に生きるやつは、すごい腑に落ちた。

ていっても実践できてるのかというとあれだけど、これって「快か不快か」を基準にするのと同じことだよね。

なんか、善悪とか良い悪いとか、そういうジャッジする自分、あるいは世間から、ぷはあ、と息継ぎしたいときに思い出したい基準だなあと思った。